私が書いた最初の論文[第67回 古澤満コラム]
筆者が書いた最初の論文の表題は『Sex Differentiation of the Larval Newt Compo
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筆者が書いた最初の論文の表題は『Sex Differentiation of the Larval Newt Compo
第57回コラムで不均衡進化理論の総括をしたばかりなのに(文献1)、ここに来て筆者が全く予期していなかった新展開がやってき
このコラムに投稿を始めてからもう20年が経ちます。当社が(株)ネオ・モルガン研究所を名乗っていた頃、会社のスタッフの人達
第4回古澤満コラムでご紹介しましたように(文献1)、1998年8月3日から5日間スペインで催された『エル・エスコリアル
我々が不均衡進化理論を1992年に発表してから既に30年以上が経ちました。しかし、進化研究者の間では未だに定説とはなって
確か2000年だったと記憶していますが、Nature誌の一般記事の中に『ヒトゲノムの全塩基配列が今日発表されました。この
中立説(分子進化の中立説)は、木村資生博士が提唱した我が国発の進化理論です。自然淘汰を軸にしたダーウィニズム一辺倒の世界
筆者はこれまでゲームセンタ―に行った記憶がありませんし、PCやスマホを使って電子ゲームを楽しんだ事もありません。現在使用
2025年10月7日に親友のSir John Gurdon博士が亡くなられました。92歳でした。心より哀悼の意を表します
科学者になるためには免許状も許可証も学歴も必要ありません。大学教員の場合も基本的には同様です。従いまして、法律的には
筆者らが不均衡進化理論を公表してから早30余年の年月が流れました。この辺りで一度、世界の進化論の流れの中での本理論の立ち
19世紀に進化研究者ラマルクとダーウィンが現れました。前者は進化の概念を初めて提唱し、進化の原動力を生物自体に求めたのが