情報文化学会から論文寄稿の依頼を受けて、『不均衡進化理論 ―日本発の科学理論―』と題する日本語の論文を執筆しました(文献1)。今回図らずも、この論文に対して同学会から学会大賞を頂くことになりました。著者にとってこの受賞は全く予想もしない出来事でした。情報文化学会に本賞が存在することすら知りませんでした。それに、文科系の学術雑誌に単独名で投稿するのは初めてなので、執筆に当たり同学会関係の方々からご示唆、ご援助を頂きました。この表題からして、以前、同学会誌に投稿した論文『不均衡進化理論と不均衡動学』(文献2)の共同執筆者で同学会の会員でもある村舘靖之博士のご示唆によるものです。この様な状況でしたので受賞は寝耳に水、驚き以外の何ものでもありませんでした。

ところで、賞状を拝受して気が付いたのですが、表彰状の表題名にミスを見つけました。『日本“発”…』であるべきところ、“初”となっていました。原文の“発”だと、「世界に先駆けて日本から最初に提出された」という意味が強調されます。これに対して“初”の場合は、「日本では最初だが、世界レベルでは同様の論文が既に報告されている」というニュアンスになるでしょう。よい記念になりますので、訂正をせずにこのままにしておくことにしました。日本語は本当に難しいです。

正調な文体で文科系の学術論文を書く自信が無かったかので、寄稿に先立って、編集者の方に散文調の文体にすることのご許可を頂きました。いずれにしましても、受賞の対象に選んでいただいたことを心から感謝いたします。

ところで、せっかくなのでこれを機に、不均衡進化論が現在置かれている状況を少し説明しておきたいと思います。これまでに、文科系の方々にはこの理論が容易に受け入れられてきたことを機会があるごとに述べてきました。1993年に当理論を伝統あるJournal of Theoretical Biology(理論生物学雑誌。英国)に発表した当初から、日本の新聞記者を始め多くの文化系の方々から評価を受け、この傾向は現在も続いています。本説のキャッチコピーである「元本保証された多様性創出」は、ある大手新聞社の記者と立ち話中に記者から出て来た言葉です(残念ながら、もう30年も経ちますので、社名と記者名を失念してしまいました)。

一方、理科系はどうでしょう。物理学者を除いて、,肝心の生命科学分野の研究者の反応は全くネガティブでした。発表当初から、ごく限られた生命研究者から強い賛意を受けた以外は、反応は惨憺たるものでした。例えば、国際専門誌に投稿した際、査読者の中には理論を全く理解できない人や、全く誤解している人がいましたが、その状態は今もなお続いています。このように、なぜ学問領域によってこうも意見が分かれるのでしょう? 以下に、著者の憶測を述べてみます。

不均衡理論は極めてシンプルなので、原理的には疑問の入る余地はないと確信しています。進化学者の一部の方は、変異はランダムに入るものという従来の通念から抜け出せないのでしょう。一般化した不均衡変異理論によると、複製してできた2つの子供DNAの間に変異率の差があれば、差の大きさに比例して変異の閾値が上昇・消失することが可能となります。この一見奇妙な世界では、集団トータルの変異率に関係なく遺伝情報の元本が保証され、進化は促進されます。

文科系と理科系の間に評価のずれが生じた原因として次の3点が考えられます。1) 主流のネオダーウィニズム的集団遺伝学においては、複製と増殖を同一視し、両者は異質の現象であることに気付いていないこと。2) 不均衡変異の裏側に、「集団の平均変異率とは無関係に野生型が常に担保され得る」という奇妙な世界が隠れていることに気付いていないこと。3) 例えそれに気付いたとしても、熱力学で言うエントロピーの上昇と変異の蓄積による情報の乱れを、誤って混同してしまったこと。その結果、「不均衡進化理論の結論は熱力学の基本法則に悖るので間違っている」と結論付けたこと。つまり、専門家は多くの知識が返って邪魔をして、真実を見抜ける力を失っているのではないでしょうか?

我々の考えに従って、生物進化過程におけるDNAの進化の歴史を想像してみましょう。最初に地上に現れたDNAは、やがて、不均衡効果が発揮される連続鎖(低変異率)・不連続鎖(高変異率)方式を使って複製し始めるでしょう(文献1)。この不均衡変異効果は、必ずしも不連続鎖の側に変異が偏る必要はなくて、2匹の子供DNAの間の変異率の差を保つことができれば、全く同じ効果が得られます。現在の高等生物では、どちらの鎖に変異率が偏っているかは材料によってまちまちです。

我々がこれまでしてきたように、シミュレーションや数式でいくら説明しても、不均衡進化理論を説得することはできていません。生きた自然の生物を使って、不均衡理論を実証することは極めて困難な課題です。しかし細菌類では、必須遺伝子が変異率のより少ない連続鎖の方にコードされている場合が多いという証拠が報告されています(文献3)。これは不均衡進化理論の傍証となるでしょう。

文献1)古澤満.情報文化学会誌. 30巻1号, 3-10. (2024). 『不均衡進化理論 ―日本発の科学理論―』
文献2)村舘靖之. 古澤満. 情報文化学会誌. 29巻1号19-26p(2022). 『不均衡進化理論と不均衡動学』
文献3)http://origin.tubic.org/deg/public/index.php/browse/bacteria

2024年11月吉日  古澤 満

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