モーリー・ロバートソン氏といえば、誰でも一度はテレビで見たことがあるであろう、流暢な日本語を話す米国籍のタレントで、DJ、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン、コメンテーターなど幅広く活躍している方です。そのモーリーさんの父上が、トマス・リー・ロバートソンJr博士(1934-2017)です。初めて博士を知ったのは、私が勤めていました第一製薬(現、第一三共株式会社)の研究開発部門の特別顧問に着任された1998年で、それから9年間、私と同じ船堀キャンパスのR&Dセンターに勤務されていました。

博士は心臓内科の専門研究者としてピッツバーグ大学の教授を務めたのち、広島のABCC(原爆傷害調査委員会)に勤務された経緯があります。ご夫人から直接伺ったのですが、専門分野の立場から、WHO世界禁煙宣言の原稿作成に携われた方でもあります。遺伝や進化にも造詣が深く、博士との会話では勢い進化の話題が多くなり、不均衡進化論も幾度か話題に上がりました。勿論、不均衡進化理論そのものにも大変興味を持たれ、博士からのご希望で、この進化理論の帰結の一つである「元本保証された多様性の創出」という日本語を英訳したいとの申し出がありました。

ひと月ほど経って返ってきた答えはEDGARでした。Empower Diversity and Guarantee Ancestral Resources の頭文字をとったものです。因みに、Edgarは、’豊かな’、’幸福な’、あるいは’槍’を意味し、しばしば人名に使用されます。例えば、エドガー・アラン・ポーやエドガー・マルティネス(MLBシアトル・マリナーズで活躍した有名な元プロ野球選手で米野球殿堂入り指名打者)。この様に、博士は言葉遊びが得意な方でした。豊かで幸福な目的に向かって確実に進んでいくに違いない生物進化を象徴する言葉としてはとても魅力を感じています。しかし、我々は未だに迷っていて実際に論文には使用していません。読者の皆さま、何かいい案があればご教示ください。

弊社が株式会社ネオ・モルガン研究所と名乗っていたころからのベテランの社員の皆さんは、ロバートソン博士ご夫妻にお目に掛かっているはずです。本社のデスクが帝国ホテルの別館にあった頃、近くのホテルの一室を借りて弊社のパーティーを開いたときにご招待したことがあります。当時、博士には弊社の特別顧問をお願いしていました。

さて、本コラムの読者の皆さまは、どちらかというと博士のご夫人である藜子さんをご存知の方が多いのではないでしょうか?これを機会に、藜子夫人を少しご紹介しておきましょう。

藜子・ロバートソンさん(1932-2020)は私と同い年の生まれで、若い頃、フルブライト奨学金で米国バージニア大学へ留学、のちに毎日新聞社で女性初の外信部記者としてご活躍、複数の著書があります。当時としては、日本のジャーナリストの中で、文字通りのトップランナーの一人であったと思います。誉高く、欧米系とも見間違えるような容姿の彼女は、TBS『ブロードキャスター』や日本テレビ系『ウェークアップ!』のコメンテーターとしてとても人気がありました。豊富な国際経験と歯切れのよいコメントにご記憶のある方もおられると思います。私は博士にお会いする前から彼女のファンでした。

彼女の旧姓は蒲田と言い、終戦後の農地改革以前は、現在の富山県高岡市能町の氷見線の最寄りの駅からご自宅まで、「三歩あるけば一歩は蒲田はんの地面」(Wikipediaより)と言われたほどの大資産家の”お譲さん”でした。彼女の生まれを彷彿させるエピソードがありますのでご紹介します。

ある夏の東京湾花火大会の日に、第一製薬の鈴木社長はじめ、開発関係のメインスタッフが夫婦共々、博士ご夫妻のご自宅に招待いただきました。ご自宅は花火大会会場近くの東京湾に沿った高層マンションの一室で、その日の朝、富山湾の新湊漁港で水揚げされた新鮮な魚介類が届いていたのです。それも、地元の料理人付きという超豪華版の夕餉でした。勿論、有名な地酒も準備されていました。今考えてみますと、これほどの贅沢があるでしょうか?花火鑑賞もそこそこに、冷酒を楽しみ、海の幸に舌鼓を打ったことを、夏が近づくと懐かしく想い出します。

博士ご夫妻、本当にありがとうございました。
最後に、酒宴の場に殆ど顔をお見せにならなかった料理人さん、お見事でした。真に遅きに失しますが、この場をお借りして御礼申し上げます。

 

2023年7月12日
古澤 満

 

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