●第1回〜35回まではこちらからお読みいただけます。

不均衡進化理論を想起してから30年が経ちました。前回のコラム『禁断の進化論』の中で、新説はなかなか認められないと嘆いたばかりです。それが通じたのか、ジョンズ・ホプキンズ大学のXin Chen博士のグループから、不均衡進化理論を詳しく、且つポジティブに紹介したレビューが出ました*1。私はこの件を、学者間で利用されているSNS(ResearchGate)で知りました。

これまでも、国内外を通じて不均衡進化理論のファンはいました。海外では、M. Eigen(ノーベル化学賞、ハイパーサイクル提唱。第7回コラム参照)、K. Mullis(PCR発明, 第4回コラム参照)、S. Conway Morris(カンブリア爆発提唱)、A.Klar(SSISモデル提唱。第35回コラム参照)、R. Lenski(大腸菌長期培養)、W.Ostertag(抗エイズ薬AZT発見、レトロウイルス研究)等の諸博士です。しかし、こうして実際に不均衡進化理論の論評がレビューの形で出たのは今回が初めてです。 これでやっと肩の荷が下りた気分です。

Chen研究室のこれまでの仕事の内容はDNA複製と細胞の不等分裂に関するものです。彼女らの研究は、DNAの複製の際に合成される連続鎖には古いヒストン、不連続鎖には新しいヒストンがそれぞれ結合することが細胞の不等分裂、ひいては細胞分化の原因であるというコンセプトに基づいています。ここにきて、DNAの非対称的複製機構は細胞分化の基本要素としての役割と同時に、種分化の主役を演ずるという新しいパラダイムが確立されたと言えるでしょう。

この共通認識に至るまでには、Klar博士が提唱したSSISモデルを忘れてはいけません。このモデルは、DNAの両鎖の合成方法のメカニカルな違いが、胚の左右性のような大まかなかたち造りの原因であるというコンセプトの上に成り立っています。Chen博士らの論文でも多くのスペースを割いてSSISモデルを高く評価しています。DNAの非対称構造と発生・進化の問題はこれからの生物学の中心教義の一つとなるでしょう。Klar博士の69歳での死は惜しむに余りあります。私達はリーダーの一人を失ってしまいました。

我々の説が長期間日の目を見なかった理由の一つとして、前回のコラムでは理論の単純性を挙げましたが、この機会に他の原因があるかどうかを探ってみることにしました。

不均衡進化理論は『不連続鎖が連続鎖よりも構造が複雑なため、合成時に間違いを起こし易い』という私の直感による仮定を前提としています。後になって、私の仮定が正しかったこと、つまり不連続鎖の方が変異率が高いことが分かったのですが、その原因の一部はごく最近の研究により明らかになったのです。

原因の一つ、各岡崎断片の先頭にあるプライマーRNAの合成を行う酵素に校正機能がないことは私の最初の論文発表の頃(1992年)には既知の事実でした。

そして最近、複製中のDNAの裂け目が進む方向と、偶然その位置にある遺伝子の転写(読み取り)の方向が正面衝突した時に不連続鎖に変異が入り易くなることが明らかにされました*1。特にこの事実は、私が最初の論文で「同じ目的で作られた機械でも複雑なものほど壊れやすいので、不連続鎖の方が間違いを起こし易いのではないか」と書いた推測が見事に当たっていたことを示しています*2。しかし、不均衡進化理論発表当初から最近まで、両鎖間の変異が不均衡であることの確実なエビデンスが欠けていたので、人々は理論そのものを疑っていたと想像されます。

直感やセレンディピティ(serendipity=思わぬものを偶然に発見する能力)は科学にとって重要な位置を占めます。一方で、事実なしに理論や計算だけに頼っていては人を納得させるのは殆ど不可能である、というごく当たり前のことが実感できた30年間でした。

2018年9月10日
古澤 満

*1  J. Snedeker, M. Wooten and X. Chen. The Inherent asymmetry of DNA replication. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 33: 291-318 (2017). doi: 10.1146/annurev-cellbio-100616-060447
*2  M. Furusawa and H. Doi. Promotion of evolution: disparity in the frequency of strand-specific misreading between the lagging and leading strands enhances disproportionate accumulation of mutations. J. Theor. Biol. 157, 127–133 (1992). doi:10.1016/S0022-5193(05)80761-1

●本コラムで述べられている「不均衡進化説」については、こちらも併せてお読みください。