ここの所、経済学や工学関係の学会、学術誌から発表や投稿の依頼のメールが入るようになりました。はじめは何かの間違いだと思って削除していましたが、段々とその頻度が増してきましたので、真面目にその理由を考えてみるようになりました。
ある経済学関係の国際学術誌からのメールでその理由が分かりました。原因は、3年前に新刊学術誌Heliyon(Elsevier社発行)に掲載された、進化の理論的研究に関する我々の論文*1でした。新規2次元DNA型遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithms:GA)に関する論文で、このGAは共同研究者の藤原一朗博士が考案した世界初の2次元GAです。
そもそもDNA型GAの基になるアイデアは、私が1993年に発案したものです*2。論文が出る前に、友人であるミシガン州立大学(イーストランシング校)のR. レンスキー博士(大腸菌の長期培養による実験進化で有名)の招待で講演をする機会がありました。講演では期待以上の反響がありました。と言いますのも、GA開発者で高名なJ.ホランド博士の研究室が同じキャンパス内の近くのビルにあったので、博士の研究室の方々も多く参加されていたからです。
講演が終わるや否や、直ちにホランド研究室につれていかれました。稼働中の一本鎖GAを2本鎖DNA型に切り替え、早速その効果が試されました。DNA型に改変された、にわか作りのGAの見事なパフォーマンスを見た研究室の皆さんから、歓声が起こったのを覚えています。あいにく、ホランド博士は出張でお留守だったのが残念でした。
さて藤原博士は、もとはと言えば私が大阪市立大学に勤務していた時代の化学科の院生で、空手を教えた間柄です。40年来のお付き合いの間に、成り行きで共同研究者になってしまいました。博士の専門は、液体や溶液の構造や熱力学量のシミュレーション的研究です。ランダム系を統計的に考察するために、普段から3次元の分子配置を研究されていましたので、GAの2次元展開は博士の思考の中ではごく自然の成り行きだったようです。
一般的に、GAは複雑な最適化問題の解に利用されてきました。例えば、国際的な航空会社における要員や物資の配置の最適化、戦場における兵士の配置や弾薬・物資・食料の供給手段などの最適化、より抵抗の少ない機体や船体の形状決定など、諸分野に及んでいます。
私達の2次元DNA型GAの最大の特徴は、複製子の上に一列に並んでいる遺伝子一つ一つに、理論的には無限の存在様式や機能を与えることが出来るということです。従って、経済・社会活動・生命現象のような極めて複雑な要素から成っている系の最適化や進化の経緯をシミュレートすることに適しています。勿論、2本鎖DNA型は、進化に強い“元本が保証された多様性の拡大”の能力が備わっていますから(第5回古澤コラム参照)、従来の1本の鎖から成るGA(RNA型と表現すべきでしょうか?)の能力を遥かに凌駕しています。その応用範囲は飛躍的に拡大されると考えています。
現在は、前述の経済学誌に投稿しようと原稿を書き始めています。思わぬ展開に少し驚いてはいますが、嬉しい気もします。経済学は最高に不得手な分野なので、先ずは、日本語の専門用語を余すことなく英訳することからスタートしています。
2019年9月2日
古澤 満
*1 Disparity mutagenesis model possesses the ability to realize both stable and rapid evolution in response to changing environments without altering mutation rates. Fujihara, I., Furusawa, M. Heliyon. 2016 Aug; 2(8)
*2 A neo-Darwinian algorithm: Asymmetrical mutations due to semiconservative DNA-type replication promote evolution. Wada, K., Doi, H., Tanaka, S., Wada, Y., and Furusawa, M. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 90, 11934-11938 (1993)
●第1回〜35回まではこちらから、第36回~はこちらからお読みいただけます。
●本コラムで述べられている「不均衡進化説」については、こちらも併せてお読みください。