
1992年に古澤と土居は不均衡進化理論を発表しました(文献1)。この発想に至ったきっかけが岡崎フラグメントの発見であった事は、これまでのコラムでも繰り返し述べて来ました。本コラムでは先ず、この発想のバックグランドを少し振り返って見ましょう。生物進化は、生物側の問題と環境側の問題が相互に絡んでいる複雑な過程です。進化に時間が関係している事は間違いありませんが、単に時間の函数であると割り切って考える事は出来ません。過去に提出された進化を説明する式には、明示的に時間の概念が入っています。現在の進化論の基礎となっているプライスやフィッシャーらの進化を表す式の基本中の基本的な考えは、「進化の速さ=遺伝する部分のみの分散/平均」で表すことができます。つまり、変異体の種類が多いほどその集団は進化し易い事になります。従って、適応度は進化によって常に増加することになります。そして、遺伝的分散を創り出す個体数が枯渇した時に、進化はストップします。遺伝的に多様性を創り出す(分散する)ためには、世代をかさねる時間が必要となります。ところで、筆者はずっと以前から進化に関して、下のフロ-チャートで表しているような漠然としたイメージを持っていました。
【生物は集団として進化する】➡【集団は個体の複製により作られる】➡【個体の複製はDNAにより一義的に制御されている】➡【従って、DNAの複製機構と進化は密接に関係している】→ → → →【自然選択へ】
簡単な3段論法です。このフローチャートの特徴は、時間(t)と言う言葉を出来る限り避けている点にあります。つまり、進化の原因をDNA複製の分子機構に求めるという考え方です。典型的な機械論(Mechanistic model)と言えないこともないでしょう。上述のプライスやフィッシャーの理論では、変異は平等にランダムに入ると仮定しています。我々は、進化の要因を生物体内に求めていますので、このフローチャートでは“生物によって仕組まれた変異”をイメージしています。最終枠を除いて自然選択という概念も入っていません。進化の原因を専ら生物対外(環境やランダムな突然変異)に求めている、ネオ・ダーウィニズムとは違った立場に立っている事が、お分かり頂けると思います。後で述べますように、筆者は常々、“進化には時間が必要だが、時間とは直接因果関係のない現象である”と考えていました。そのため、このチャートでは時間という単語の使用を意識的に避けています。時間の代わりにDNAの複製回数を用い、多細胞生物の場合は世代数G(Number of generations)を想定しています。このように、筆者は「自然は単純で美しい」と言う、ある理論物理学者の言葉を信じていて、思考実験をするのを楽しみにしています。そのためには時間であれ何であれ、思考から除去することぐらいは何の抵抗も感じません。筆者が進化に関してこのフローチャートに描いたようなイメージを漠然と持っていた事が、コーンバーグ博士のDNA複製と酵素群の関系を模式化したスライドを見た瞬間に、岡崎フラグメントの存在意義に気付き、「不均衡変異」の発想に繋がったのだと思っています(文献1,2)。
進化を説明する際、多くの研究者は何十憶年という気の遠くなるような時間に下駄を預けている様に思えるのは、私だけでしょうか?『何十億年も経てば、何だって起こるさ!』という感覚は、少なくとも科学的とは言えませんし、間違った結論に導く可能性があると思います。例えば、以下の様な思考実験を試みて見ましょう。
古細菌は20億年前に初めて地上に現れたとされ、ヒトを始め真核生物の直接の祖先だと考えられています。そこで、古細菌のある集団が初めて地上に現れた時から今日まで、ずっと極寒の地に凍結状態で閉じ込められていたケースを想定して見ましょう。その古細菌集団を構成する個体は、極低温のために複製する事が出来ないので、20億年経った今日でもそのままの姿で留まって居て、決して多細胞生物には進化しなかった筈です。DNA複製は低温で停止しますが、時間は殆ど熱運動が止まってしまう-273℃近くでも凍り付かないでしょう。この思考実験の結論が正しいとしますと、生物進化に直接影響するのは時間ではなくて、何か別のもの、例えば1回、2回と数えることが出来る、カウンタブルな複製現象(Replication)も有力な候補に挙がってきます。
上の喩えでは、細胞分裂を止める条件として低温を考えました。思考実験ですから、何を考えようと自由です。例えば、カップ麺のような凍結乾燥状態や、胞子や種子のような状態(大賀蓮では、弥生時代から2000年間も土の中に眠っていた種子が発芽)、極限条件に強い緩歩動物クマムシの戦略などが挙げられます。クマムシは、特殊な乾燥適応蛋白質の作用で、熱帯から極地、超深海底から高山、温泉の中、果ては宇宙空間までも、短期間なら生存可能な事が知られています。その他SF的思考、何でも結構です。しかし乍ら、このように手を尽くしてDNA複製を止めたとしても、また複製中でも、変異は容赦なく外から入って来るのが現実です。その原因は、変異原物質・放射線・宇宙線等です。この様に、複製停止状態でも突然変異が蓄積されて行きます。これらの変異は正にランダムに入り、その頻度は1塩基対当たり全部合計しても10-8~10-9/世代ぐらいと考えられています。従って、進化に関する貢献度は余り高くないように思えます。
次に、DNA複製に伴う変異について考察することにしましょう。分子生物学の発展によって、DNA複製と切り離せない形で入って来る突然変異が、進化の原因の1つであることが分かっています。DNAを構成する4種類の塩基の互変異体は、必ずある割合で存在します。互変異体は、元の塩基とは異なる化学的性質をもっているので、これが取り込まれると塩基置換が起こり、遺伝情報が変わって、点突然変異の原因となります。これは量子化学の問題で避ける事は出来ません。DNA合成酵素は互変異体を区別できないので、否応なしに娘DNAがこれを取り込む事になります。つまり、小説「鏡の国のアリス」の“赤の女王”の喩えの様に、卵が受精した途端に一生涯走り(変わり)続けなくてはならないのです。塩基の互変異体の取り込みによるDNAの変異率はかなり低く、上述の塩基対当たり10-8~10-9/世代の中に含まれています。変異率が低いとは言え、素性がいいので無視する訳にはいきません。また、細胞内にはシトシンメチル化酵素が存在し、シトシンをメチル化することで遺伝子発現を制御することが出来ます。この酵素はC・Gの塩基配列があるとき、Cがメチル化され易く、メチル化されたシトシンは自発的に脱アミノ化が起こり、その結果CがTに変化します。通常の塩基置換の10~50倍の確率で起こる(約1×10-7/塩基/世代)とされ、上述した他の原因による塩基置換率と比べてその頻度は圧倒的に高く、DNA複製直後に起こり易いのが特徴です。
ここに来て、どうやら役者が揃ったような気がしてきます。進化は時間の函数ではなくて、世代数(=複製回数)の函数であると言う思考の舞台に登場したのが、上述した塩基の互変異体の取り込みと、シトシンメチル化酵素です。これらはDNA複製と強くカップリングしていますので、必然的に不均衡進化理論と密接に関係している事になります。また、この酵素はエピジェネティク変異(遺伝はしないが、個体発生時起こるDNAの修飾)の主原因でもあり、この面からも進化にとって非常に重要な役割を担っていると考えられています(文献3)。何れにしても、進化生物学にとっては非常に魅力的な存在です。
生命発生のごく初期に、自己複製可能な系が脂質2重膜で囲まれた時点から、生命の進化が始まり、時間(t)ではなく、(G)の函数で表現されるべき対象になったと筆者は考えています。それ以前の化学進化の時代は、勿論時間の函数として捉えるべきです。藤原と古澤は2重鎖DNA型遺伝アルゴリズムを構築して、進化のシミュレーションを行いました。既にその研究成果は、DNAの複製回数の函数である進化方程式と共にHeliyon誌に発表されています。この方程式には時間は入っていませんが、世代数が使われています。従って、この方程式の変数は世代数で、時間は世代数を通して対応しています。そして、2匹の娘DNA間の変異のポテンシャル(=変異率)の差、FD(Fidelity difference)を変数に用いている事になります。、このFDが、不均衡進化理論の特徴となっています(文献4,5)。
ここから、議論の中心的課題に入りたいと思います。ネオ・ダーウィニズムでは、進化の駆動力の原因を、専らランダムな突然変異と環境の淘汰圧に求めています。生物側からすると、いずれも相手任せの要因で、生物の自主性が軽んじられているのは否めないでしょう。勿論、上記のフローチャートの最後に示しましたように、筆者も、変異体群の中から適切な個体が自然選択圧の力によって選別されることを認めています。しかし、集団に蓄積されている変異の質についてはネオ・ダーウィニズムと不均衡進化理論との間で決定的な違いがあります。ネオ・ダーウィニズムも不均衡進化理論も平均変異率(トータルの変異率μ)は同じですが、ネオ・ダーウィニズム的考えでは、変異は基本的にランダムに入ると仮定しています。すると、変異率が閾値を超すと、集団が自滅することになります。一方、不均衡進化理論では、『元本が保証された変異の多様性拡大』が担保され、変異の閾値は消滅します。この優れた不敗の戦略によって整備された変異体の集団が、来たるべき環境変化に備えているのです(文献1)。これを喩えて見ますと、防衛のために一家に一丁の銃を配っている国と、適材適所的にいろいろな種類の兵器を配って定期的に訓練を実施している国とを比べると、どちらか有利なのかは言を俟ちません。進化を時間の函数として捉えている限り、この結論には到達し難いでしょう。筆者が本コラムで一番強調したい点です。
ここで、ヒトを例にして全体像を見ておきましょう。ゲノム全体では3万~10万個の複製単位があるとされています。全ての遺伝子は何れかの複製単位に属します。1個の複製単位には数個の遺伝子が存在し、ゲノム全体が協調して複製されます。それぞれの複製単位で複製を行い、不均衡変異効果を発揮して、遺伝子の特徴に応じて環境変化に対応する訳です。そして、その総和として適応進化が実現される事になります。更に、適切な頻度の相同組み換えと、性による個体間の染色体シャッフルが、変異の多様性創出に劇的な効果を発揮することは、直感的にも理解できると思います。
事象のアンバランスが進化の原因であるという発想そのものは、我々が最初ではなく、約100年前に遡る事が出来ます。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したでフランスの哲学者ベルクソン(H.Bergson)の「時間の2元論」に、その原点を見出す事が出来ます。彼は進化について、『進化は直線的な(著者注:ダーウィン的な)進歩ではなく、分岐と多様化が入り混じった進歩であり、そこには時間の不可逆性を伴う非対称性がある』と言い、「エラン・ヴィタール(生命の飛躍)」と名付けた命の躍動があると考え、進化はこの力が分岐しながら展開していく動的なプロセスだと捉えています。一方で我々は、進化の駆動力の源を上述のFDに求めています。繰り返しになりますが、ネオ・ダーウィニズムでは、進化の駆動力を専らランダムな突然変異と環境の淘汰圧に求めています。このように、集団に蓄積されている変異の質が、両者で決定的に違います。ネオ・ダーウィニズムでは、基本的に変異はランダム事象として取り扱われていますが、不均衡進化の世界では、上述しました様に『元本が保証された多様性』が担保された変異体が集団内に準備されます(文献1)。
ベルクソンは後に『創造的進化』を発表していますが、その中で、種と種のあいだを“飛び越えるような”力が働き、突然変異が起こると述べています。そこで生命の進化を推し進める根源的な力として想定されたのが、上述した「エラン・ヴィタール」です。不均衡進化理論では、FDとその効果に相当します。このFDが “飛び飛び”の進化を実現する要因です(文献1)。種と種の間がくっきりと区別されている生物界の現実を良く説明しています。ダーウィン進化では種と種の間がだらだらとしたものになる筈で、区っきりとしている現状を、うまく説明できていないと言われています。ベルクソンは“時間”に固執していますが、「時間の2元論」の提出者本人ですから当然の事です。時間に固執したベルクソンと、時間をできるだけ排除しようとした我々とが、進化について同じような結論に到達しているのは、何だか不可思議な感じがします。でも、生物体内に流れている時間と、時計が刻む時間とを区別したベルクソンが同じような結論に達したのは、何となく理解できます。更に、両者が主張するように、物事のアンバランスが創造の元になるのは、何も生物進化だけではなく社会現象もそうです。例えば、格差が激しくなると革命が起こることは、歴史が教えてくれています。
終わりに、上の議論を踏まえて、不均衡進化理論の特徴を以下の3点に整理しておきたいと思います。(1)進化の「取り得る形」の空間は、生物の内部構造、特にDNAの分子構造とその複製機構によって予め決められています。筆者はこれを“レール”と呼んでいます(文献6)。(2)この制約があるからこそ、かえって特定の形態や機能が生まれやすくなり、現実に起こっている進化が説明しやすくなります。(3)同じ環境にいる遺伝的に均質な集団も、分岐して別種の生物に進化することが出来来ます(文献7,8)。この様に不均衡進化理論は安易な目的論ではありません。
若しベルクソンが筆者と同時代の人であったら、DNAの半保存的複製の発見があった1953年に不均衡進化理論に辿り着いたと思います。筆者の場合は、1986年の岡崎フラグメントの発見から20年を要しました。ベルクソンなら、岡崎フラグメント発見のニュースを聴けば、瞬時に不均衡進化理論が閃いたと断言できます。『進化は時間の函数ではない。世代回数の函数だ。』と言ったら、ベルクソンは何と答えるのでしょう? 筆者は同じ質問を、集団遺伝学を研究されている皆さんにも問いかけているつもりです。
筆者の独り言。『でも、時間って一体何だろう? ニュートンやアインシュタインも力やエネルギーを表す式、F=mαやE=mc2に時間(t)を使っている。しかし、未だに時間の実体について結論が出ていないと言う。何時かは知りたいものだ。』(著者注;α=加速度:速度の時間的変化。c=光速:光が1秒間に進む距離。)
2026年7月1日
古澤 満
文献:
- 古澤満「不均衡進化論」筑摩選書(2010)
- 進化を目の前に見ることは可能か? ②偶然の出会いときっかけ [第8回古澤満コラム]
- 帯刀益夫著『キリンの首はなぜ長い』-適応進化の謎に迫る-。22世紀アート(2023).
- Fujihara I, Furusawa M. Disparity mutagenesis model possesses the ability to realize both stable and rapid evolution in response to changing environments without altering mutation rates. Heliyon. 2016;2(8):e0014. DOI: 10.1016/j. heliyon.2016.e00141
- Fujihara I, Furusawa M. A differential equation, deduced from a DNA-type genetic algorithm with the lagging-strand-biased mutagenesis. Heliyon. 2022;8(3):e09155. DOI: 10.1016/j.heliyon.2022.e09155
- 遺伝子と生命体の間をつなぐもの[第62回 古澤満コラム]
- Akashi, M. Furusawa, M. Replication fidelity difference between daughter chains persists during evolution. Journal of Evolutionary Biology. (2026) doi.org/10.1093/jeb/voag033
- DNA複製に伴う不均衡変異は自発的に起こる[第66回 古澤満コラム]
