
第57回コラムで不均衡進化理論の総括をしたばかりなのに(文献1)、ここに来て筆者が全く予期していなかった新展開がやってきました。私たちの研究目的は、生物の体内にあるに違いない、進化を駆動する未知の分子メカニズムを見出すことです。筆者は、1968年に発表されたDNA複製時に見られる岡崎フラグメントの生物学的存在意義を考え、それを切っ掛けとして不均衡進化理論に辿りつきました。その経緯は他の文献に委ねることにして(文献2, 3)、ここではそのサマリーを簡単にまとめておくことにします。不均衡進化理論では、進化を取り扱う際に新規の変数を考えます。即ち、2匹の娘DNA間の忠誠度(FD=Fidelity difference)の差を考慮します。FDを加味してDNA型遺伝アルゴリズムを用いて進化過程をシミュレートすると、これまで誰も予想もしなかった世界が現れます。集団の平均変異率が異常に上がっても集団は消滅しないばかりか、集団に入った有害変異の効率的な除去が行われます(文献4)。FDが進化に及ぼす効果については、実験生物を使ってFDを人工的に上昇させることで進化の加速が起こることも示されています(文献2)。
今日主流の進化理論であるネオ・ダーウィニズム(統合進化説)では、変異は集団のゲノムDNAに満遍なく入ると仮定しています。この条件の下では、一般にエラー・カタストロフィーと呼ばれている過剰変異で集団が自滅する変異率の上限値、いわゆる変異の閾値が低くなると考えられています。従って、カンブリア爆発や、ヒトの脳が過去に急速に発達してきたような急速進化の説明は困難でした。逆に、シーラカンスやカブトガニのような生ける化石のように、まるで進化が停止したかの様に見える生物の存在も、皆が納得できるような説明は出来ていません。しかしFDを考慮しますと、これらの2つの問題は、少なくとも理論的には一挙に解決されます(文献2)。殊に、一方の娘DNAの変異率が0に近いと、トータルの変異率μに関係なく常に親DNAの遺伝情報が集団内に担保されます。その上、もう一方の変異率の高い娘DNAで広範囲の適応地形の探索が可能になり、極めて進化に有利に働きます。このように、一見矛盾するような変異の少ないものと多いものが同居できる現象は、DNAが複製するときに初めて現れます。つまり、DNAの複製装置そのものが適応という名の最適化問題を解く遺伝的アルゴリズム(計算装置)として作動し、進化の駆動力を生み出すと表現できます。
我々のグループの明石博士は、FDが誕生する、より根源的な原因を突き止めようと試みました。我々も含めて既存の進化の理論的研究では、特別な場合を除いて、シミュレーション実験の間ずっと一定の変異率がアプリオリに与えられるのが習わしとなっています。その理由は、自戒を込めて言えば、一途に計算の煩雑さを避けるためだと考えられます。しかし自然界では、1本のDNAが複製して2匹の娘ができるとき、それぞれの娘DNAには固有の変異率があり、しかもそれらは複製ごとに異なるはずです。計算操作は少し面倒になりますが、シミュレーションの結果は本当に意外なものでした。
シミュレーションに使用されたゲノムDNAは3つの構造遺伝子(S1、S2、S3)からなり、生物と同じように変異による生体死も考慮されています。それぞれの娘DNAの変異率を決める2つのミューテーター遺伝子(μ1、μ2)を仮定し、構造遺伝子と連鎖(同じDNA分子上にコードされること)しています。2つの娘DNAは全く同じ確率統計のルールの下で半保存的に複製されます。つまり、実際の生物のDNA複製の様な、左右非対称な連続鎖/不連続鎖様式は使用していません。複製の度にサイコロを振って確率論的に変異率を選びシミュレーションを続けていくと、集団のFDは限りなく0に近づくだろうという最初の予測は見事に覆されました。スタート時の集団のサイズ、遺伝子型と適応地形が全く同じであったにも拘らず、テストごとに違った結果が得られたのです。一例を挙げて見ます。5回の繰り返しテストの結果、5つの集団のトータルの変異率は低い値でそれぞれに安定化しました。これは予想の範囲に入る結果でした。一方、集団のFD値は驚くほど広範囲にわたって分散・収束しました。テストごとに全く異なったFDをもつユニークな集団として、それぞれ安定化したのです。進化過程で見られた集団としての挙動の不安定さと、FDの振る舞いは全く予測不可能で、特定の収束値を持たないというのが結論です。今回の結果では、FD>0 が自然に現れるのは、ある程度高い変異率の下で進化速度が大きい場合であり、結果として、変異率が極端に低い場合には、 FD=0 に近い値のまま安定化するケースも見られました(文献5)。
筆者らが1992年に最初に提唱したプロトタイプの不均衡変異モデルでは、DNA複製において連続鎖と不連続鎖による分子構造上の非対称性がFDの原因であるとの前提で系を組んでいました(文献1,4)。つまり、直感的に、複雑な不連続鎖の方が有意に変異率が高いと予測していました。2015年になって、酵母とヒトを材料にして、不連続鎖を形成する岡崎フラグメントの5’側の特定の領域に塩基置換が多いことがゲノム全体にわたって観察されることが報告されました(文献6)。この報告を知って、筆者は最初の予想が当たっていたことに喜び、安心し、満足していました。しかし、今回のシミュレーションの結果は、2匹の娘DNAが例えば連続鎖/連続鎖方式のように全く同じ機構で複製する場合でも、FDは自然発生的に自己創生することを示すものでした。どうしてこうなるのでしょう?先ずはその事よりも、この状況下でこの研究を企画した明石博士の問題意識の深さに驚かされました。
今回の明石博士の論文では、FDの自発的発現の原因に関して“ミューテーター・ヒッチハイキング”という考えを取り入れています。変異率を決める遺伝情報μ(ミューテーター)と適応値(FS)を決める構造遺伝子が連鎖しているために、高い変異率を示すμが適応値(FS)にヒッチハイクします。高い変異率を示す2つのμ同士が連鎖すると、2匹の娘DNAの変異率が両方とも高くなってしまい、集団がエラー・カタストロフを起こして自滅の危険性が増します。従って、それを防ぐためには、必然的に低いμが高いμにヒッチハイクする必要があります。その結果として、FD(2つの娘DNAの変異率の差)がFS(適応値)にヒッチハイクする事になります。ある時点で高いFSを持つ個体は、選択によって集団中に保持されやすくなります。このようにして、不均衡変異は必ずしも岡崎フラグメントの存在を必要とせずに、複製系が進化する過程で自発的に誕生するものなのです。因みに“ヒッチハイク”とは、車道で車を止めて只で同乗させてもらうあの行為を指します。ここでは紙面の都合上これ以上詳しく述べませんが、興味のある方は是非文献をご覧下さい。綺麗な絵と、分かりやすいグラフを使って説明されています(文献5)。
我々は今回の結果から、DNAに限らず、全ての複製系が持つ属性の一つが不均衡変異ではないかと想像しています。森羅万象の中で、複製は唯一生物だけが持つ特性であることを想い起すと、意味深いものがあります。何れにしても注目すべきは、5回のテストごとに現れた予測不能な集団の振る舞いとFD値の大きなばらつきが、環境が変わらなくても同じ集団から自発的に新種が分岐する可能性を強く示唆している、という点です。
ところで、何故か現実の生物ではゲノムDNAの複製の際には、例外なく連続鎖/不連続鎖方式が使用されています。連続鎖/連続鎖方式と比べてコスト・パフォーマンスが悪いはずの複製方式が生き残った訳ですが、その理由については今後の考察に譲りたいと思います。今言えることは、連続鎖と不連続鎖方式が採用された理由の一つは、複製と転写を同時に進めることができるからだと思います。多くの生物では、遺伝子はリーディング鎖側に偏って配置される傾向があり、ラギング鎖を鋳型として転写されます。この時、鋳型側で一直線に複製を進めると、転写装置との衝突が起こり、極端な場合DNAが切れてしまうので、この方式をとったと予想できます。ここで留意すべき点は、変異がどちらの娘DNAに偏って入っても、進化促進効果は全く変わらないことです。いろいろな生物のFDが調べられていて、不連続鎖の方が変異が高いという報告の方が多いようですが、逆の場合の例も、また両鎖同じだという報告もあります(文献7)。
筆者は今回の明石博士の発見によって、不均衡進化理論の理論武装は著しく強化されたものと自負しています。今後の展開として、より複雑な適応地形と、より自然の形に近づけたモデルDNAを使用したシミュレーション実験が必要だと考えます。我々の理論を自然界の生物で証明することは、ウエットラボを持たない現状では難しいと思っていますので、当面は理論研究に注力することになりそうです。
筆者の独り言。『自然は本当に奥が深い。ヴェールを取り除くとまた新しい世界が現れる。まるで逃げ水のようだ。不均衡変異の次は一体何が現れるのだろう?それとも、この道はこのまま変わらずにずっと続くのかな?』
2026年6月3日
古澤 満
文献:
- 不均衡進化理論とネオ・ダーウィニズム[第57回 古澤満コラム]
- 古澤満「不均衡進化論」筑摩選書(2010)
- 古澤満.情報文化学会誌. 30巻1号, 3-10. (2024). 『不均衡進化理論 ―日本発の科学理論―』
- Fujihara I. & Furusawa M. (2016). Disparity mutagenesis model possesses the ability to realize both stable and rapid evolution in response to changing environments without altering mutation rates. Heliyon. 2(8). https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2016.e00141
- Akashi, M. & Furusawa, M. (2026). Replication fidelity difference between daughter chains persists during evolution. J. Evolutionary Biology. https://doi.org/10.1093/jeb/voag033
- Reijns M, Kemp H, Ding J, de Procé M, Jackson P, Taylor S. (2015). Lagging strand replication shapes the mutational landscape of the genome. Nature. 518(7540):502-506. https://doi.org/10.1038/nature14183
- Furusawa M, Fujihara I, Akashi M. (2024). DNA Sequencing Technology Reveals Disparity in Mutagenesis Due to Fidelity Differences between Two Daughter DNAs in Evolution. Genetics. IntechOpen; 2024. https://doi.org/10.5772/intechopen.1007202
