このコラムに投稿を始めてからもう20年が経ちます。当社が(株)ネオ・モルガン研究所を名乗っていた頃、会社のスタッフの人達によって本コラムが立案されました。第1回から3回までは不均衡進化理論の説明に使ったため、續き物になっています。コラムにしては長すぎるというご批判を受け、その後は読み切り形式に変更しました。従いまして、第4回以降はどの回号からお読みいただいても大丈夫です。

筆者は2010年に日本語の書物を一度だけ出版した経験がありますが(文献1)、散文的な文章を書いたことは殆どありません。何故かは分かりませんが、第1回のコラムに取り掛かろうとしたときに、不意に頭を過ったのが吉田兼好の『徒然草』の冒頭に出てきますあの文章でした。『つれづれなるままに、日ぐらし、硯に向かいて、心にうつりいくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしゅうこそものぐるほしけれ』。コラムに向かう筆者の心境は今でも正にこの文章の通りですが、昨日の夕食で何を食べたかを直ぐには想い出せないのに、何故、高校時代に習った文章がいきなりこうもすらすらと出て来たのでしょうか? 間違いなく、兼好法師の文章が類まれなる美文だからでしょう。今日的には、誰もが知っている井上陽水の『少年時代』の歌詞もこれに匹敵するほどすごいものがあります。『夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された 私の心は夏模様』、簡単な単語の組み合わせだけで、少年の希望と不安の入り混じった心境を見事に歌い上げ、筆者の心を強く打ちます。この詩は筆者にとっては殆ど“奇跡”です。

少年時代、野球と海辺での魚獲りや舟釣りに熱中していた筆者は、学生の頃にあまり小説を読まず、文章を書く訓練を受けていないので、コラムの執筆には随分苦労しました。当然の事として美文は諦め、なるべく分かりやすく書くことにだけに注意を払っているのが現状です。一科学者としては、相対性理論のような難しい科学理論であっても、科学者ならば子供にもわかるように説明できる筈だという信念を持っています。説明できないのは、説明する気がないか、その理論を理解できていないかのどちらかでしょう。因みに筆者の場合は、特に一般相対性理論を未だに全然理解できていませんので、子供に説明するどころの話ではありません。ところで、研究者が自分の考えを分かりやすく世間に伝えることは必要で、義務でもあると考えていますが、意外にその手段は限られています。特に退職後はそうです。書物として自費出版することも勿論可能ですが、単行本ともなると相当のページ数が要求されますし、当然費用もかさみます。それに加えて、昨今は本を読まない人が増えているのも事実です。ご存じない方も多いと思いますが、数ページの科学論文の出版も、場合によっては1件につき数十万円の出費を覚悟しなければなりません。筆者のように年金暮らしにとっては家計に響く切実な問題です。

筆者はこれまで20年間に亘って、コラムをそれこそ『そこはかとなく』書いて来ましたが、本コラムを持っていることが研究者にとって掛け替えのない宝であり財産であることを漸く自覚することができしました。結論から言いますと、筆者は研究者として極めて恵まれた環境にあると断言できます。その第一の、おそらく唯一の理由は、本コラム欄の発行元である(株)ちとせ研究所が、株式会社で公人であることに尽きます。幸い当社は多くの企業と提携しています。また、NEDO等の国の研究組織にも積極的に参画しています。そのため、企業の方々は勿論ですが、クライアントや政府関係者の方々にコラムをお読み頂ける機会もあるでしょう。思いもよらぬ方々から直接、或いは間接的にコラムの印象を頂くこともあり、その時は唯々感謝し、コラムがあって本当に良かったと思っています。勿論、筆者として少しでも自社に資することができればと願っています。以前勤めていました(株)第一製薬(現、(株)第一三共)には、このようなシステムはありませんでした。国内外を問わず、一般に企業活動と個人のそれとは利害が相反しますから、同様のシステムがあったとしてもその数は極めて少ないものと察しています。やはり、著者の社会的ステータスや肩書がものを言う世界だなと感じています。

筆者は今年で94歳になりますが、絶えずコラムの事がついて回り、脳の鍛錬になっています。更にラッキーな点は、題材を自由に選べ、それに刊行が不定期である事です。仮に定期刊行だとしますと、束縛されるのが一番苦手な筆者はストレスが溜まって、きっと途中で投げ出していたでしょう。最初にこのコラムを企画された方々に感謝するばかりです。筆者の年齢ではかなり珍しいことのようですが、今も3人でグループを作って研究を続けています。年齢と共に記憶力は確かに劣化しています。でも、誰もが経験することですが、遠い昔の出来事は断片的にですがよく覚えているものです。昔、日本の軍隊が南洋の島々を占有していた時代、聴き覚えた日本の唱歌をご高齢の島民の方が今でも口ずさむことが出来るのと、筆者が兼好法師の文章を空で言えたのとは、脳の記憶のメカニズムとしては同じだと思います。この記憶のメカニズムを意識的に利用し強化を図ったのが、次に述べる私なりの研究活動のノーハウです。

筆者は、論文を書く時以外は他の研究者の論文には殆ど目を通しません。これは若い時からの習い性で、ものぐさな性格と良く合っていますので今でも続いています。若し必要となれば、国内外を問わず出かけて行って(今ではZoomを使って)直接当人と話すようにしています。筆者が多くの高名な研究者と懇意にしてきたのは主にこの理由によります。筆者自身が理解できて、且つ必要と感じた知識だけを厳選(正確には選り好み)して、自分が描いている“生命像”に修正を加える作業をします。それ以外の新知識は概ね棄却します。つまり、“これだ”と感じた事象を、“生命像”に加味してリニューアルする習慣をつけることで、忘却(老人ボケ)を防いでいます。この取捨選択行為に研究の成否がかかってきますが、情報を捨て去る行為も非常に重要なステップの一つです。情報過多は返って閃きやセレンディピティの邪魔をする場合があるからです(文献2, 3)。この“生命像”の日常的構築・改善作業の効果は、想像するより大きいものです。記憶する知識量が少なくて済みますし、知識の忘却の可能性を減らすことが出来ます。この方法の成否は、一に思い切りのよさ(決断)にかかってきます。意外な事に、投資や競馬等のギャンブルと共通するところがあると感じています。
筆者が実際に行ってきた“生命像”の大改変・大構築の原因となった主なイベントをフォローしますと、次のようになります。年代順に、「DNAの構造と半保存的複製機構の発見」→「遺伝情報の解明」→「岡崎フラグメントの発見」→「クローン動物の創出」→「植物細胞と動物細胞の融合実験の成功」→「抗体分子の多様性創出機構の発見」となります。その都度、自分が生体分子になったつもりで、内からの目線で“生物像”を改造して不均衡進化理論の着想に至った訳です。勿論、これ以外に小さい改変は多数あります。この間、約60年を要しています。詳しい内容は拙著をお読み頂ければ幸いです(文献1)。

今や人生100年の時代です。60代半ばでの研究活動の停止はいかにも早すぎます。大学や研究機関を辞してからの研究を金銭的に支えるシステムの構築を、国レベル会社レベルで考える時が来たと思っています。理論的研究に限れば費用はさほど掛かりません。年金制度がありますので生活費を保証する必要性を今は特に感じませんが、PCの買い替えや論文投稿費用ぐらいは補助すべきだと考えます。誰もがPCを持ち、どんな形であれコンピューター環境にアクセスが可能であれば、筆者のように在宅研究も可能です。これが実現すれば、個々の研究者の希望に応じて定年の時期を少し早めてもいいかも知れません。筆者の経験から、退職後はウエットラボの仕事より理論的研究の方が向いていると思います。現在の日本は研究者の貴重な経験と知識をみすみす無駄にしているように思えてなりせん。

筆者の独り言。『そう言えば、親しかったある研究者は、忘却を防ぐために、気になる論文のコピーを新聞紙の両面に沢山張り付けて、常に持ち歩いておられたのを想い出した。人それぞれにやり方があるものだな。』

2026年5月14日
古澤 満

文献:

  1. 古澤満「不均衡進化論」筑摩選書(2010)
  2. 不均衡変異が創り出す場は“進化の揺りかご”[第63回 古澤満コラム]
  3. セレンディピティは訓練すれば鍛えられる[第54回 古澤満コラム]

●第1回〜35回まではこちらから、第36回~はこちらからお読みいただけます。