菅政権になってから、俄かに日本学術会議(以下、学術会議)が話題に上ってきました。ご承知のように、学術会議から推薦された候補者メンバーの中から6名が菅首相によって拒絶されたことに端を発します。議論の焦点は、もっぱら、1)首相の越権行為、2)学術会議の存在意義、3)学問の自由の侵害、の3点に絞られているようです。
本コラムでは、これまで議論してこなかった、学術会議と欧米の科学アカデミーとの比較について論じてみたいと思います。さらに、学術研究の軍事利用についても考察します。
研究者でない方々にとっては信じられないことでしょうが、日本の若手研究者にとっては、学術会議の存在は殆ど頭の中にありません。ベテランの研究者でも学術会議に興味を持っておられない方は相当数いるのではないかと推察します。私も例外ではありません。70歳になっときに、学術会議のメンバーに推挙された経緯がありましたが、最初は丁寧にお断りしました。結局は説得に負けてお受けすることにしましたが、丁度その年から70歳定年制が採用されたのが分かり実現しませんでした。正直なところ、内心ほっとしたのを想い出します。
最近のSNS情報で、学術会議に興味を示さなかった若手研究者が、「研究者として、ありうべからず」と酷いバッシングを受けたと聞いています。わが国はなぜこのような状況になっているのでしょう?
学術会議との比較によく持ち出される海外の会議体として、英国の王立会議と米国の科学アカデミーがあります。前者の歴史は17世紀に始まり、伝統ある国際学術誌(紀要):Proceeding of the Royal Societyのシリーズを刊行し現在に至っています。後者は有名なProceedings of the National Academy of Sciences of U.S.Aを刊行していて、私自身もDNA型遺伝アルゴリズムに関する最初の論文をはじめ、数報の論文を発表しています。
翻って、わが国の学術会議はどうかと言いますと、残念ですが紀要を含め一切学術誌を刊行していません。
そもそも、学術会議は終戦直後の1947年にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指導によりつくられたものです。主たる目的は、日本政府による大学・研究機関に対する軍事研究の強要を防ぐためでした。さらに、日本の再軍国主義化を恐れて、GHQによって「3S政策」なるものがとられたと言われています。Sex(性の解放)、Screen(映画鑑賞、西部劇・ミュージカル等)、Sports(プロスポーツ)の頭文字をとった3S です。日本人を骨抜きにしようとした政策です。当時、中学生だった私はこの政策にまんまと引っ掛かり、もう少しでドロップアウトするところでした。幸いにも4番目のS (Science=科学)に出会うことができて、無事現在に至っています。
今日では、学術会議の目的は設立当初とは随分様変わりしました。国の政策に対する提言や、政府の諮問に対する答申という重要な役割を担っています。このように、学術会議は研究者個人の研究活動には直接関係がない存在なのです。言うまでもありませんが、若手研究者の命はいい論文を書くことです。これで、上述したバッシングはお門違いであることが分かっていただけたと思います。上記3会議体を同列に論じようとする試みを時々見かけますが、殆ど意味がありません。学術会議は設立の歴史を含めて、欧米の科学アカデミーとは全く異質の会議体なのです。
「学問の自由」と軍事研究の関係は、重要ですが極めて困難な問題です。結論から先に申しますと、恐らく制度や法律で軍事研究を規制することは無理でしょう。何故なら、それは学問の本質に関る問題を孕んでいるからです。物理学を始めとする自然科学においては、真理(真理があるかどうかは別にして)に近づけば近づく程、その成果は人類にとってより有益に働く一方で、必ずと言っていいほど軍事と繋がりがあるからです。『自然の原理を説明する法則は、自ずと自然を破壊する原理を含んでいます』。いわゆる「両刃の刃」です。
有名な例を挙げて見ましょう。アインシュタインが1907年に発見した質量とエネルギーの等価性を表す式:E=mc2は、物質の本質を表す式としては、量子物理学の出現以前では最高のものでしょう。この簡単な式は、物質が消滅したら途方もないエネルキーが生まれることを説明しています。あなたの目の前にあるビールのジョッキが一瞬のうちに消えたとしたら、首都圏を壊滅させるほどのエネルギーが生まれることを意味します。何故なら、cは光速ですから定数であり、且つ巨大な数字です。従って、その2乗は途方もない値です。mは質量ですから、重いものほどエネルギ-が大きいことを示しています。広島に投下された原子爆弾の爆発で、実際に消えた金属ウラン235の重量はたったの0.7g程度だったそうです。アインシュタインは勿論この事実を予測していたので、原子爆弾の製造と使用に強く反対し、平和運動に余生を捧げたのは有名な話です。
科学する営みは人類の業(ごう=カルマ)のようなもので、決して止むことはないでしょう。真理は次々と発見され、その成果は建設的にも破壊的にも利用され続けられるでしょう。戦争や破壊行為を止めるのは研究者の良心と為政者の努力以外にはありません。人類を戦争による破滅から守るためには、家庭教育を含む学校教育が極めて重要な役目を果たすものと信じています。軍国少年の時代を経て、戦火を潜り抜け、そしてGHQの占領政策の影響をもろに受けて育った私の人生経験から生まれた教訓です。
古澤 満