[初出:JBPress

大企業の安全神話が崩れ、ベンチャー企業の存在感が増していく中、ベンチャー業界を取り巻くさまざまな論説が流れている。だが、当のベンチャー企業側は、その現状と行く末をどのように捉えているのだろうか。戦略コンサルタントを経てバイオベンチャーを創業した、ちとせグループCEOの藤田朋宏氏が、ベンチャー企業の視点から日本の置かれた現状を語っていく。(JBpress)

この連載では「一見、環境や社会そして科学の発展のために良いことをしているように見えるベンチャーキャピタルの中には、その存在が日本の科学技術の発展を阻害している人たちがいる現実」を書いてきました。

ネット系のベンチャーキャピタリストと話すと、「バイオ業界にはそんなに悪いやつがいるの?」とか「いくらなんでも10年以上前の話でしょ」とびっくりされます。同じベンチャー業界でも他の業界のことは分かりませんが、少なくともバイオ業界では、平成も終わろうとしている今でも普通に見かける光景です。

もちろん言うまでもなく、日本のバイオ業界のベンチャーキャピタルの中には、社会のためにも科学の発展のためにも立派な仕事をされている人も大勢います。社会や環境を良くするためにしっかり仕事をされている方々からしたら、前述のような「科学者や研究者を食い物にするのが仕事」と言う輩の存在は迷惑でしかありません。

しかし、ベンチャーキャピタル業界とは、お互いに情報交換しながら協調投資するなど、同業者とは競争関係ではなく協働関係にある業界です。なので、同じ業界の中から「流石に、あの会社のやり方は酷い」とは声を上げて言いにくいという側面もあるように感じます。

日本のベンチャー業界を少しでも健全なものにして、世界視野で見たときの日本の競争力を上げるためにも、私のような、いろいろありながらもVC投資のフェーズを既に通り抜けた(?)立場の人間が社会に対してできる責務だと勝手に思って、今回もバイオ業界周りで起きている現実について書いてみたいと思います。

急に注目されはじめたバイオプラスチック

今回は、バイオプラスチックをテーマにします。SDGs(持続可能な開発目標)やバイオエコノミーなどの文脈で、近年またバイオプラスチック関連が脚光を浴び始めています。そこで、そもそもバイオプラスチックとは何ぞやというテーマから、今の技術ベンチャーの景色に触れてみたいと思います。

バイオプラスチックに関しては、少なくともここ数年の間に何か劇的な技術的な進捗があったわけではありません。また、海洋に放出されたプラスチックが生態系にとんでもない悪影響を与えているのも、近年急に始まったことではありません。ですが、“どういうわけか”“急に”、バイオプラスチックに対する注目が集まっているのです。

バイオプラスチックに世界的な関心が集まること自体は、私はとても良いことだと考えます。化石資源がまだまだ健在なうちに、太陽のエネルギーと二酸化炭素から、人類の生活に必要な素材を、経済合理性が成立する形で生産するシステムを得る必要があるからです。

しかし、近年の少し不自然なくらい急速なバイオプラスチックへの注目の高まりに、私は妙な違和感を感じています。このままだと、またいつものように、“科学の発展や環境保全には興味がないからこそできる投資”を行う輩だけが儲かるだけで、結果的に、科学技術もバイオプラスチックの導入も期待していたほどは進まないという結論になる予感がしているのです。

そもそも、「バイオプラスチック」とはなんなのでしょう。ちょっと調べれば、既に世界中のさまざまな公的団体が定義を発表しているのがすぐ見つかります。また、「バイオマスプラスチック」や「生分解性プラスチック」のような近縁の単語も存在していて、それぞれに定義がなされています。

しかし、バイオ業界とは関係のない一般的な社会におけるバイオプラスチックという言葉の使用状況を見ると、人によって言葉の使い方があまりにもバラバラであることも分かります。

ですので、本稿においては「定義はされているのだが、定義があまり浸透していない」と整理させてもらいます。従って、本稿においては全てふんわりとバイオプラスチックと呼ばせていただきます。(きちんと言葉の定義を整理されて普及に努力されている団体の皆さま、ごめんなさい)

「バイオ」と「生分解性」は別

では、一般的に、バイオプラスチックという文脈で語られているものは、何を指しているのでしょうか。一般的な議論をざっとまとめると、

(1)原材料が化石資源ではなく植物(バイオマス)由来である場合
(2)生分解性を持つ場合
(3)製造プロセスの一部が発酵法などのバイオプロセスである場合

のどれかを満たしていれば、バイオプラスチックと呼んでいるようです。

スペースが許せば、(1)(2)(3)のそれぞれについてきちんと説明したいのですが、とりあえず、まずこれだけは知っておいてもらいたいのは、(1)の原料がバイオマス由来であることと、(2)の生分解性を持つことは、本質的には全く関係のない事象だということです。

つまり、石油から作るプラスチックに生分解性を持たせることもできますし、生分解性がないプラスチックをバイオマスから作ることもできますよ、ということです。

ではなぜ、多くの人が「バイオマス由来のプラスチック=生分解性を有するプラスチック」のようなイメージを持っているのでしょうか。

あくまでも私の推論ですが、その昔、バイオマス由来では安定したプラスチックを作るのが難しかった時代に、簡単に分解してしまうプラスチックを普及させるために、「バイオだから生分解性がある!」と、弱点を逆手にとった喧伝を誰かがせっせとした結果であると思っています。

・・・ですが、科学的・論理的には筋が通らない認識が社会の常識になっている事例はよくあることですし、本当のところはよく分かりません。(コラーゲンを肌に塗っても、肌からは吸収されませんよー)

「100%植物由来」なら環境に良いのか?

ところで、こうしたバイオプラスチックは環境に良いのでしょうか。

(2)や(3)の場合も含めると話が複雑になるので、とりあえず、(1)のバイオマスを原料とするプラスチックなら環境に良いのか、というところだけ答えます。確かに、化石資源の使用量を従来品よりも減らしながらプラスチックを作ることができれば、それは環境に良いといってよいと思います。

実際に、そんな“有るべきバイオプラスチック”の実用化のための研究開発は、世界中で盛んに行われています。また、既にいくつかの製品が販売されていますが、まだまだあまりに目にすることはありません。

でも、バイオプラスチック製品ってそれなりの頻度で目にしますよね? 現在、市場でよく見かける「100%植物由来プラスチック」と呼ばれているものの多くが「その作り方しているのに、環境に良いって言っちゃう?」と感じる作り方で作っているものなのです。

こういった、環境に良いとは思えない製造方法の一例として、エタノールを原料にする手法が挙げられます。

詳細をできるだけ端折って説明すると、このプロセスはエタノールを作るところから始めます。原料である食用の糖を発酵させてエタノールを作ることは、人類が数千年前から行う酒造りの手法なので、技術的に難しいポイントは全くありません。

次に、このエタノールに莫大なエネルギーを投入して、エタノールを化学的に変換してプラスチックの原料を作るという手法です。

確かに、この例のような、石油から作るよりも環境に対して悪影響が大きそうな作り方をした場合でも、この“バイオプラスチック”の原料は100%植物(食べられる糖です)由来であることは嘘ではありません。しかし、既に“本物の”バイオプラスチックを展開しようとしている人や、今から本気で環境のためになる開発をしたいと考えている人々からすると、「それを展開することに時間とお金を使って何か意味があるの?」と言いたくなるようなことになっているのです。

そしてもちろん、この作り方をしたからといって、生分解性を持つわけでもないのは言うまでもありません。海洋に漂うプラスチックゴミに生存を脅かされている海亀さんや海鳥さんたちを救うことは、全く関係のない話なのです。

バイオベンチャーにはびこる悪循環

ここで私が声を大にして指摘したいのは、この手法は技術的に難しいことが何にもないので、環境に優しいといえる現在開発中のバイオプラスチックと比較すると、莫大なエネルギーを消費するものの、経済的には現時点では、はるかに安価に生産できてしまうということです。

その結果、何が起こるかというと、もし今、世界中の環境意識の高い人が「少々高くても良いから、バイオプラスチックを今すぐ積極的に導入しよう!」と叫べば叫ぶほど、「これを導入しても、化石資源から作るより環境に悪そうだけどなぁ」というタイプのバイオプラスチックの導入ばかりドンドン進むことが、目に見えているのです。

また、そうなった時の最大の問題は、現在世界的にせっせと行われている、本質的な環境負荷を減らすバイオプラスチックの製造方法の開発に対して「100%バイオプラスチックはもうあるのに、何で今頃研究しているの?」の一言で投資がバッサリ切られてしまうということです。

読者の中には「いくら何でもそんなことはないだろう」「形だけのバイオプラスチックを導入しながら、本物のバイオプラスチックの開発を続ければよいのでは?」と思う人も多いでしょう。しかし、そんな皆さんは「一見、環境や社会や科学に対して良いことをしているように見せることを生業にしているベンチャーキャピタルたちの存在」と彼らの「あたかも良いことしているぜアピールのプレゼン能力」を少々軽くみているように感じます。

私の日々の仕事の中でも、実際に「もう◯◯は実用化されているのに、どうして君はまだ研究開発投資が必要だと言うの?」の言葉は、バイオプラスチックだけでなく、さまざまなバイオ分野の研究開発で、今までもたくさんたくさん浴びせられてきました。

もちろん、私も「彼らがやっているプロジェクトは本質的には環境負荷がむしろ大きく・・・」と説明しようとするのですが、「お前の話は難しい」「他のプロジェクトを悪く言うな」と、こちらの説明を最後まで聞いてもらえることもなく切り捨てられてしまうのが現実なのです。

こうした、導入が進めば進むほど環境には良くない製品であっても、環境が良くなると信じて買う人が増えれば増えるほど、儲かって絶妙に真実を隠した宣伝ができるのが現実です。そんな事情を知らない一般の多くの人は「たくさん宣伝しているくらいだし、きっと環境に一番良い商品だから売れているのだろう」と受け止めとめるのが、社会というものなのです。

こんな悪循環がはびこる理由がどこにあるのか、ベンチャー業界がより良い社会を作るための手法の1つとして成立するためには、何が必要で、何が不必要なのか。この問題を解決できるように、ベンチャー業界の片隅でこれからも訴えていきたいと思っています。