私にとって初のビッグイベントは、入社して3週間目で訪れた。

ビッグイベント、すなわちその仕事は「フランス映画の監督がタベルモの取材に来るから、通訳をしてほしい」というもので、「フランス映画」という甘やかな単語に誘われた私は警戒心ゼロで快諾する。

取材はちとせグループの一員である「タベルモ」のオフィスで行われた。この春にマレーシアサラワク州にて稼働を開始し、開所式を終えたばかりの藻類生産設備C4※、タベルモ社独自のスピルリナ加工技術、JAXAとのスピルリナ宇宙開発などについて取材をし、ドキュメンタリー制作の資料にしたいというものだった。事前質問のひとつに「光合成人についてどう思うか」というかなり抽象的な問いもあり、今回取材対象となっていたタベルモ代表、佐々木(ドラゴンボール世代)は、脳裏にちらつく緑のピッコロ大魔王を追い払うのに苦労したとか。
※C4: CHITOSE Carbon Capture Central

なお取材に先立ち明かされていた情報は以下。
・趣旨:ドキュメンタリー制作のための下調べ 当日カメラは回さない
・形式:日英のパワーポイントをこちらで用意し、それをベースに取材を進める

加えて佐々木代表には、以下の2点をお願いしていた。
・文章が長いと訳しきれない恐れがあるので、1、2文ごとに区切ってほしい
・訳すということは1言語の倍の時間を要するので、普段話す分量の半分のつもりでいてほしい(アポの時間は1時間、つまり30分ぶん持ち堪えればよい)

ほいほい引き受けた仕事とはいえ、理系企業での初めての通訳業務に実はかなり緊張し前日ほどんど眠れなかったことをよく覚えている。とはいえ、パワポを見ながら話せるし、万が一知らない単語に出くわしてもそこから拾えばよい。佐々木代表も私の図々しいお願いを快く聞いてくれた。なんとかなると信じ、当日を迎えた。

けれどもその計画と、風が吹いたら飛ばされそうな自信は、
・パワポをベースにするのでなく、インタビュアーの質問に答える形で話してほしい
・そして、本番用映像としてその様子をカメラに収めたい
・さらに、取材時間として確保していた1時間は、まるまるそのアングル探しに費やされる
という想定外の事態に、ものの見事に飛んでいった。

用意されていたパワポは使わせてもらえない、ということは即興での通訳を求められる(そもそも通訳ってそういうものです!)。そしてカメラを回すということは、細切れの文章ではのちの編集が大変になるので、1、2文どころか、数分間話し続けた内容を聞き取り、覚えて、漏れの無いよう訳すことになる・・・話と違うではないか!(涙)

私の動揺は、佐々木代表にも共鳴していたようで、普段は頭の切れる彼も、インタビュー直前の会話で、まっすぐな瞳で私に「YES」と返してくれた。・・・えっと、佐々木さん、私には日本語で大丈夫です!

にやりとしたのも束の間、「やっぱりできません」など言える余地もなく、録画ボタンは静かに押された。

インタビュアーからの英語を日本語にし、佐々木代表から発されるバイオな単語を、理解する間もないまま脊髄反射的にひたすらノートに記していく。彼が話し終えたら、自分の殴り書きを解読し、回答を英語で再構築する…

「これはヘブライ語です」と言われてもきっと信じた難読ノート。こんなのが10ページに及んだ。

確かに前職で通訳経験はあったものの、それは数年の現場経験に培われた、かつ得意分野のものであった。今回当然、藻類系の単語の予習はしていたが、到底100点と言えるものではなく、何度も訳せない単語にぶつかっては、途中英語を調べるためストップしてもらったり、周りからの援護射撃を得たり、「辛くも逃げ切った」という表現に近い。できると言ってしまったことを恥じたし、痛い目を見たな、とも思った。

だた「引き受けなきゃよかった」と思ったかと言えば、そんなことはない。

久々に知恵熱が出て、翌日起き上がれなくなるほど疲弊したが、できっこないことをやらなくちゃいけないときもある。本当は自信がなくても「できる」と言い切り自分を追い込むことでコンフォートゾーンは内側から破られ、できるとできないの境界線は押し広げられていく。

あれ以来、学生時代の勉強貯金でなんとなくやり過ごしていた英語を再開せざるを得なくなった。語彙を増やす作業をしたり、海外の生物学系のYouTubeを見てシャドーイングしたりと、英語とバイオに向き合う時間を作っている。

威勢の良いことを言って、言いっぱなしにするのは得意なので、このあたりで緊褌一番、自分を鼓舞しておく。

あきらめないで どんな時も!