甘くてかわいい真っ赤ないちご。
まるで幸せの塊のようなその果物は、子供はもちろん大人の心をも躍らせる魅力がある。

幼いころに家でいちごが振る舞われた時や、
いちご狩りでたくさんのいちごを頬張った時の幸せさといったらこの上ない。

このように、どこか特別な存在であるいちごだが、東南アジアでは更に特別らしい。

東南アジアで食べられるいちごとは

東南アジアで手に入る「甘くてかわいい真っ赤ないちご」は、主に日本産。
空輸を利用するため輸出コストが嵩み、価格は日本の5倍以上と高く、また、ほとんどが12〜3月の季節限定。農作物の大半を輸入に頼っているシンガポールでさえも、いちご輸入量に占める日本産いちごのシェアは1%未満でその量は22t/年(2015年)であり、贈呈用や一部の富裕層のみが手にする「特別なもの」であるのが現状なのだ。

一方で、年中食べられるアメリカ産やオーストラリア産のいちごは、皮が硬くて粒が大きく、一見赤くて美味しそうだが香りや味はほとんどない。食べると「ボリボリ」と音がするほどの硬さだ。日本の品種流出の件で騒がれている韓国産のいちごは、通年ではなく季節限定で流通しており、甘味はあるがやはり固くて味が薄い。

「甘くてかわいい真っ赤ないちご」が一年中?

そんな東南アジアの中心地シンガポールで、昨年から日本品質の「甘くてかわいい真っ赤ないちご」、通称 ”ちとせいちご” が、年間を通じて日本産の半額程度で食べられるようになった。

“ちとせいちご” は、マレーシア半島東部に位置する高原地帯、キャメロンハイランド(Cameron Highlands)で作られている。その地は熱帯に位置するマレーシアの中でも標高が1500mと高く、1年を通じて涼しい。昼夜の寒暖差があり、いちご栽培に適した土地だ。

キャメロンハイランドの風景

この地でいちごを作るのは、いちご職人の木下恭亮(現34歳)。

木下はなぜちとせの一員としていちごを作るのか。
そして、ちとせがいちごを通じて実現したいこととはいったい何なのか?

アジア地域の農業を変えたい。その時着目したのは「美味しさ」

2012年。小池(*)はマレーシアのボルネオ島にいた。ウキクサを活用した水処理PJの事業開発責任者として、現地人も驚くような田舎にあるパームプランテーション内に駐在していたのだ。

小池が駐在していたオイルパームプランテーション

東南アジアで行われている農業は、質より量を重視し、農薬や肥料を大量に使用する農業がほとんどだ。小池は、そんな東南アジアの農業の姿を変えるにはどうしたらいいかを常々考えていた。

もっと環境に配慮した農業をするべきだと声をあげたところで、残念ながら生産者側に経済的なメリットがない限り、誰も耳を貸してくれないということを嫌というほど痛感してきた。生活のため、ビジネスのためとして農業を行っている農家やプランテーションにとっては、現行のやり方を捨てて変わること自体がリスクなのである。

この状況を打破し、ちとせグループが掲げるミッションの一つ、「アジア地域に環境配慮型の農業を拡げる」を叶えるためにはどうすればよいのか。

そこで着目したのが「美味しさ」だった。

『美味しいという感動は人の購買行動を変え、その行動は農業自体の産業構造をも変える力がある』小池は力強く語る。

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小池亮介
ちとせグループ 熱帯農業PJ 事業統括責任者
2011年ちとせグループに入社。入社直後より、ウキクサを活用した水処理PJの事業開発責任者としてマレーシア・サバ州(ボルネオ島)の、現地人も驚くような田舎にあるオイルパームプランテーション内に4年間駐在。東南アジアを拠点に環境配慮型の農業を広げるべく、農業事業の展開に従事。プランテーション駐在中にサバ訛のマレー語も習得。「なんでやねん」という超王道の美しいツッコミをするのが得意。

ボルネオ島で、いちご職人木下と出会う

ある日、日本人で当地に住んでいること自体が珍しかったこともあり、小池の耳にボルネオ島で美味しいいちごを栽培している日本人がいるという噂が入った。

それが、ボルネオ島のコタキナバル郊外で個人農家としていちご栽培に従事していた木下だった。

小池はすぐさま7時間かけて会いに行き、木下の作るいちごを食べて感激。これぞ、探していた「産業構造をも変える美味しさ」だと確信した。

土地探し中の木下(左)と小池(右)/2014年

小池:『この美味しいいちごをとにかく東南アジアの人たちに食べてもらい、いちごの本当の美味しさを知って欲しいと思いました。美味しさに見合う額のお金を出す人が増えれば、生産側も「美味しい作物を作ろう」というマインドになり、安いものを大量に作る為の農業から、美味しいものを作る為の農業が求められるようになります。そんな消費者ニーズの変化は、環境配慮型農業の広がりに繋がるはずです。また、美味しいいちごを通して、誰がどこでどうやって作ったのかや、農業自体にも興味を持ってもらいたいとも考えました。』

2014年、ちとせいちごプロジェクトが動き出す

小池の熱烈な勧誘と、アジア全域に環境配慮型の農業と美味しく高品質な作物を広めたいという想いが合致したことから、木下はちとせの一員になることを決意。2014年夏にキャメロンハイランドに入り、苗の準備や土地の交渉をスタート。2015年には、妻と当時3ヶ月の愛娘こころちゃんも木下のいるキャメロンハイランドへ移住。余談だが、こころちゃんは1月5日の“いちごの日”に生まれたそうだ。

木下の愛娘 こころちゃん

当初日本からマレーシアへのいちご苗の公式な輸入実績がなかったため難航したが、無事にいちご苗の輸入許可を取得。4品種の苗を輸入して現地の環境下で育苗した後、2015年末には900㎡の土地で定植を完了。キャメロンハイランドの気候に合うという観点から2品種に絞った。翌年5月よりシンガポールでの営業をスタートさせ、マーケットの反応から1つの品種に決めた。現在約1.5haまで栽培面積を拡大中だ。

キャメロンハイランドの自社農園

“量より質”の日本式農業で作る、完熟のちとせいちご

キャメロンハイランドの自社農園で大切に育てたいちごは、シンガポールまで直送し、他の業者を挟むこと無く店頭に並ぶ。それゆえ、色づきや糖度がピークに達するまで完熟させた最高に美味しいいちごを、シンガポールの人たちに食べてもらうことが出来る。

いちごの世話をする木下

木下「一生産者として、お客様に一口で感動を与えたいという思いでいちごを作っています。肥料の配合、潅水のタイミング、果実の摘み方、収穫箱への並べ方、パッケージングの方法まで、一つ一つのオペレーションに日々細かい工夫を重ねています。日本のいちごは現地の品種と比べると果実が柔らかく、しかも完熟させてから収穫するためとてもデリケートで、一つ一つの作業を注意深く行う必要があります。今後もチームとして日々成長することを忘れず、従来のいちごとは違った体験を提供し続けたいと思っています。」

現在、輸送過程で受けるダメージを減らし、より新鮮な状態でお客様の元へお届けするために、三井化学株式会社のフード&パッケージング事業本部、及びMS-R&D(三井化学シンガポールR&Dセンター)と共同で輸送形態を検討している。

シンガポールで拡がる “ちとせいちご”

ちとせいちごは、現在シンガポールにて展開中だ。ミシュランを獲得したレストランや、名だたる賞を獲得したパティシエが手がける人気洋菓子店、シンガポールを代表するリゾートホテルなどシンガポールのあらゆる有名店でちとせいちごを食べることが出来る。その数は40店以上にのぼる(2018年1月現在)。

ちとせいちごを使用したスイーツ

昨年スタートしたが生産量が追いつかず一時停止していたIsetan Singapore(シンガポール伊勢丹)での販売も再開した。日本食にうるさいシンガポールの富裕層も、「日本で食べたいちごよりも旨い」「いちごの概念が変わった」など大絶賛。

また、日本からの輸入いちごが季節限定なのに対し、ちとせいちごは一年中供給可能なため、レストランや洋菓子店のシェフからも大変喜ばれている。

ちとせいちごのパッケージ

実はいちごだけじゃない。“ちとせとまと” も

栽培面積拡大に伴い、栽培品目も増加中だ。
ちとせとまとは、ちとせいちごと共にIsetan Singapore(シンガポール伊勢丹)での販売を開始した。

いちごと同様、一つ一つのオペレーションへの細かい工夫はもちろんのこと、特に硝酸態窒素のコントロールに対する木下の拘りは強い。見出した独自の配合バランスは、トマトの品質に大きな影響を与えている。

栽培中のちとせとまと

トマトの世話をする木下

「美味しい」感動をアジア地域へ拡げてゆく

木下の作るいちごを食べて「美味しさ」の価値を知った現地の農家が、木下の元へ見学にきたり学びにくることがある。「コスト削減」や「量の追求」以外の収入をあげる方法として、「技術を磨いて美味しい作物をつくる」という方法があるのだということを実践形式で伝えることができているように思う。

現在は供給量が追いつかずシンガポールのみで販売しているが、更なる農地の拡大を計画中であり、近い将来マレーシア(クアラルンプール)の人達にも食べてもらえる日がくるだろう。さらには、東南アジア他国へも生産拠点を広げてゆく予定だ。数年後には、インドネシアでも “ちとせいちご” が食べられるようになるはずだ。

いちごをきっかけに、「美味しさ」という少しばかりの「特別」を求める人を増やすことを通じて、アジア地域の農業を変えていくというちとせの壮大な取り組みはまだまだ始まったばかり。課題は山積みだが、食べた人たちの笑顔を見るとその苦労も吹き飛ぶから不思議なものだ。


●生産(マレーシア法人):Chitose Agri Laboratory Sdn. Bhd.

●販売(シンガポール法人):Chitose Agriculture Initiative Pte. Ltd.
▷WEBサイト https://www.cai-sg.com/
▷Facebookページ https://www.facebook.com/ChitoseAgricultureInitiative/