DNA型2次元遺伝アルゴリズムは、2本鎖DNAが半保存的な複製をする事実を反映させた世界最初の遺伝アルゴリズムです(第42回古澤コラム参照)。このソフトと不均衡変異の概念を合わせると、今までに見たこともない進化の新しい景色が見えてきます。

先ず、これまでの結果を以下の2点にまとめておきましょう。
1)不均衡変異は集団が許容する変異数の上限(変異の閾値)を著しく上げる。
2)進化の過程で一度現れた遺伝子型は集団の中で保存され易い。
つまり、不均衡変異は進化(革新)と遺伝(保守)という二律背反する事象を同時に実現して、生物に高い強靱性(robustness)を持たせていると結論できます。

ところで、ヒトなどの高等生物のゲノムには2万個もの遺伝子があり、それぞれ複雑に相互作用をしています。しかしそのネットワークの全体像はあまりに複雑な故に未だに解明されていません。従って、遺伝子ネットワークと進化の関係にまともに取り組んだ研究は殆どありません。ノーベル化学賞受賞者であるM.アイゲン博士の古典的ハイパーサイクルモデルは、自己生産系の相互依存作用で系の安定性が保たれ生物が進化したとする説です。遺伝子ネットワークの原理に触れた希有な例です[1]。余談ですが、アイゲン博士にはDNA型遺伝アルゴリズムに関する我々の最初の論文の紹介の労をとって頂きました[2]。

今回は、上記の2次元遺伝アルゴリズムを使って、ゲノム上にある遺伝子の相互作用が進化に必須であることを示すことが出来ました[3]。私にとっては全く想定外の結果でした。遺伝子相互作用が全くない状態では、一見したところ進化に最適であるような振る舞いをします。ところが、集団の構成要員の遺伝子型を調べてみますと、てんでばらばらで烏合の衆です。とても種と呼べるような代物ではありません。遺伝子のネットワークが完成されていくにつれて、集団内の遺伝子型のばらつきは減少し、種として安定な集団として進化します。この結果から進化の指標として適応値だけに注目することの危険性を学びました。

更に今回のシミュレーションで、不均衡変異の下では変異率とは無関係に突然進化が停止することがあることを発見しました[3]。筆頭著者の明石博士はこの現象に”stun”という英語を当てました。”stun”には、”気絶する”、或は、”固まる”、”唖然として自失する”といった意味があります。不均衡変異の下では、トータルの変異率が少々高くても、連続鎖の変異率が十分低ければstun状態に陥ります。普通に考えると、高変異状態では進化が止まるどころか、終にはエラーカタストロフィーを起こして集団は自滅に追いやられはずです。不均衡変異の特徴から推察していろいろなシナリオが描けるでしょうが、納得できる説明が出来るまでにはもう少し時間が必要だと思います。

ここで、”stun”状態の生物学的意味を考えてみましょう。「進化の袋小路」という表現があります。自然界にはまるで進化が止まってしまったように見える種があります。例えば生ける化石と呼ばれる一群の生物の中にはそのような種が混じっているでしょう。例えば、シャミセンガイや有名なシーラカンス等です。もしかすると、生物が進化の袋小路に入る機構が明らかにされるかも知れません。普通、生物がstun状況に陥る条件として、環境が長期に亘って安定していて、変異率が極端に低く保たれているような状況を想定します。本当にそうでしょうか? これを明らかにするには、生ける化石達の世代間の変異率を正確に知る必要があります。不均衡変異がこの問題の解明の一助になれば嬉しいのですが。

最後に、本論文では新型コロナウイルス、COVID-19パンデミックについても触れています。1本鎖RNAウイルスの複製は鋳型鎖/新生鎖合成の繰り返しです。鋳型鎖には変異が入りませんから典型的な不均衡変異と見做せます。もしかすると、何時かこのウイルスは自らstunモードに入り込んで終焉するのかも知れません。願わくはそうあってほしいものです。

2022年3月15日
古澤 満

[1] The Hypercycle : A principle of natural self-organization (Reprint. ed.). Berlin [West] [u.a.]: Springer. 
[2] A neo-Darwinian algorithm: Asymmetrical mutations due to semiconservative DNA-type replication promote evolution. Wada, K., Doi, H., Tanaka, S., Wada, Y., and Furusawa, M. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 90, 11934-11938 (1993) 
[3] 2-Dimensional genetic algorithm exhibited an essentiality of gene interaction for evolution. Akashi, M., Fujihara, I., Takemura, M. & Furusawa, M. J. Theor. Biol. 538 (2022) 

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