2019年11月28日(木)、午後6時から3時間余りにわたって『サイエンスと神』を話題に酒宴を開きました。場所は西宮の創作日本料理店、風屋(かじや)。私の行きつけの店です。
事の始まりは、空手の友人である橋本秀樹さんとのFacebookでのやり取りの中で、彼が敬虔なクリスチャンであることを知ったことでした。以前から、科学者が神をどう捉えているのか、ということについて知りたかったので、なるべく異分野から現役の研究者を集めようと、この会を企画しました。早速賛意をいただき、当日集っていただいたのは、以下4名の錚々たるメンバーです。
八木健博士:分子生物学者(大阪大・生命機能研・時空生物学・心生物学研・教授)。脳神経細胞ネットワークのキー蛋白質、プロトカドヘリンの発見者。
増崎英明博士:産婦人科医師(長崎大・医・名誉教授。元同学病院長)。最相葉月さんとの共著『胎児のはなし』(ミシマ社)をご参照ください。
最相葉月氏:ノンフィクションライター(私の友人。多数の著名な著書があります)。
最相さんは東京から、増崎さんは出張中の岡山から遠路駆け付けてくださいました。お互いの仕事の簡単な紹介から始まり、話題は、神・魂・死と広がり、お酒の力も手伝ってかなり盛り上がりました。ところで、見たところ宗教上の神を信じている方は橋本さんだけで、残りの方々は、所謂、無神論者であるように察しました。
皆さんのお話をまとめようとこの酒宴を企画したのですが、話していくうちに、テーマが大きすぎて時間が全く足らないことに気付きました。そして、私の判断だけでまとめるのは、僭越な行為でもあると考えるに至りました。このような訳で、取り敢えず今回のコラムでは、私の考えを中心に語ることにしました。
生命現象も、最終的には物理学の言葉で記述することが出来ると私は考えています。物質を扱う物理学の一つの重要な結論は、「均衡の破れ(ゆらぎ)が創造を生む」と表現できます。例えば、南太平洋上の安定した気団に偶然に現れた上昇気流(ゆらぎ)が、結果として、あの巨大な空気の渦巻き構造と、膨大なエネルギーを持つ台風を生み出します。かたや、不均衡進化理論の一つの結論もまったく同じフレーズで表現できます。これは、生命体が物質でできていることを考えれば当然の帰結と言えるでしょう。
物質界と生物界の基本的な差を考えみましょう。一番注目すべきは、物質界には複製現象は絶対に存在しないこと(素粒子の世界にもありません)。一方、生物界は複製がなくてはなり立たない世界です。勿論、複製を実現している因子は自己複製能力をもつDNAです。先に述べましたように、台風は、上昇気流という偶然に起こるゆらぎを引金にして創造されます。一方、不均衡進化理論によりますと、DNAは複製の度に起こる“ゆらぎ”(変異率の高い不連続鎖に必然的に起こる偏ったエントロピーの上昇)を駆動力として、創造的行為、即ち進化を可能にします。このように、“ゆらぎ”の発生を機械的(必然的)に担保している物質がDNAであり、このような物質は他にありません。DNAは自己複製することによって生命を維持すると同時に、複製の度に必ず伴う均衡の破れ(“ゆらぎ”)を駆動力にして進化します。このように、DNAは物質の世界には存在しない、真に特異な機械装置であると見なすことができます。
ところで、私は典型的な無神論者ですが、神の存在を考えない訳ではありません。変な言い方ですが、現時点での私の神は、ビッグバンを引き起こした未知の存在です。私にとっての神は、現代物理学をもってしても知り得ないものです。ちょっと前は、重力が私の神でした。つまり私の神は、物理学の発展とともに、“逃げ水”のように遠ざかっていく存在です。私にとっては、生命の起源や進化は、もはや神の仕業ではないのです。この問題は、いずれ物理や化学的言葉で説明されるでしょう。もしかすると、万物の創造主である“主”と、私の言う“神”がどこかで交差する瞬間があるのかもしれません。残念ですが、今回の宴会ではこの議論をするチャンスはありませんでした。
しかしながら一方で、ヨットで海に出るときには、港の近くの神社で航海の無事を祈り、大地震や雷が起こった時には、“神様たすけて!”、と祈っている自分が居るのも現実です。橋本さんは、「それこそが神だ!」とおっしゃいましたが、神がそのような場当たり的で、ご都合主義的な存在であるとは思っていません。
酒宴の場で増崎さんと最相さんから贈呈された、上記『胎児のはなし』を、参加された皆様が読み終わってから、再度長崎あたりで酒宴を開催したいと思います。
最後になりましたが、次回の酒宴の話題として、議論途中で終わってしまったキーワードを挙げておきます。「魂の存在場所」、「物理学における情報理論の欠如」、「死の意味」、「信心と安寧」、「神と研究活動」。「ヒトの胎児は神聖か?」。
古澤 満
●第1回〜35回まではこちらから、第36回~はこちらからお読みいただけます。
●本コラムで述べられている「不均衡進化説」については、こちらも併せてお読みください。