[初出:JBPress

大企業の安全神話が崩れ、ベンチャー企業の存在感が増していく中、ベンチャー業界を取り巻くさまざまな論説が流れている。だが、当のベンチャー企業側は、その現状と行く末をどのように捉えているのだろうか。戦略コンサルタントを経てバイオベンチャーを創業した、ちとせグループCEOの藤田朋宏氏が、ベンチャー企業の視点から日本の置かれた現状を語っていく。(JBpress)

ビジネスプランに優劣はあるのか

前回(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53896)は、技術開発ベンチャー業界でその存在が常識とされている「死の谷」について書きました。技術シーズから事業化までたどり着けなかったケースのほとんどは、そもそも歩みを進める方向が最初の一歩から間違えていて、途中で間違いに気づけたとしても方向性を変えることができなかっただけのことであると私は考えます。

端的に言えば、事業化までたどり着けなかった理由は、実力か努力かその両方が不足していただけの話なのだから、ベンチャーキャピタルを中心とした業界全体で生み出した共同幻想でしかない「死の谷」の存在を前提にした言い訳をすることで保身を図るのではなく、素直に「次はもっと頑張るのでまたチャンスをください」と言い合える爽やかな業界にしませんかと提案しました。

今回は「ビジネスプラン」をテーマにします。

ここ数カ月の間に、国内外の産業を構築してきた立場にある方々から、「君はビジネスプラン立案の天才だね」とお褒めの言葉にあずかることが、立て続けにありました。褒められて嬉しかったので調子に乗って、一方でせっかく褒めていただいたけど「ビジネスプラン立案には天才も何もないでしょ」という気持ちで、「最優秀賞」をもらえるビジネスプランの描き方について書き綴ってみたいと思います。

ビジネスプランとは、対象となる事業体が、社会の中でどのようにして資金と人材を回しながら、生き続けたいと考えているかを記述したものです。つまりビジネスプランとは、究極的には事業体の生き様を記述したものです。

そのような前提で、本稿の結論を最初に書きますが、「人の生き様に優劣もないのと同様に、ビジネスプランにも優劣なんかあるわけがない」と私は考えています。
では、ビジネスプランに優劣がないはずならば、なぜビジネスプランコンテストのようなビジネスプランに優劣をつけるための取り組みが花盛りになっているのでしょうか。

私の日々の仕事において、ビジネスプランを第三者に示した時に、賛同や参加したいという意志を示してもらえることは、最も嬉しいと思う瞬間の1つです。「こうしたらもっと良いプランになるのではないか」と意見を頂けることも多く、そうした時間はワクワクしながら議論を重ねられる、人生でも貴重な時間だと考えています。

しかし、「自分が提案するプランに賛意や改善のポイントを頂くこと」と、「異なる領域で異なる事業を推進するために書かれたビジネスプランと、自分のプランを比較されるビジネスプランコンテスト」とは全く異なる活動です。例え自分の出したプランが他社のプランと比較し褒められたとしても、第三者が批評家的に他社の生き様をうんぬんするコンテストには、違和感や嫌悪感を押さえきれなくなります。

(また、ビジネスプランコンテストではなく、ベンチャー企業などの取り組みの現状や成果を、第三者が客観的に評価する取り組みには、意味と価値があると思っています。この違いが分かっていただけるでしょうか)

では、世の中で盛んに行われているビジネスプランコンテストとは、そもそもプランの何を評価しているのでしょうか。身も蓋もない結論を言えば、審査員の立場にある人にとってメリットがあるビジネスプランかどうかを評価しているというのが答えになります。もちろん、そうではない審査員も少なくないとは思いますが、ビジネスプランコンテストも経済的動機が伴う活動なのだから当たり前のことです。

どのようなビジネスプランがあり得るか

このあたりについて、話を分かりやすくするために、例を挙げて議論しましょう。

例えば、有名国立大学Xに所属する准教授A氏(45歳)が考えた素晴らしい発明αを実用化するためのビジネスプランを考える状況にあるとします。この発明αは、世界の産業構造を変えうるポテンシャルを秘めたすさまじい発明です。発明αの基本特許の権利は、A氏と大学Xが共有しています。

この場合、この発明αが最も良い形で世の中に出ていくことと、准教授A氏個人の人生の幸せの両方を追求するためのビジネスプランには、どういったものが考えられるでしょうか。もし紙面が許せば、たぶん私はどこまでもプラン案を書いてしまいますが、シンプルかつ比較的幸運な例を3つ挙げます。

(1)大企業が300万円で基本特許を買う。発明αの価値を考えると安いが、実用化した暁には、売上の0.5%ずつが大学とA氏のそれぞれに支払われる。発明αは、大企業の研究開発プロジェクトとして十分な予算の下で、実用化までに必要なさまざまな知識とスキルを十分に有する経験豊富な数多くの人材達とともに、販売に必要な許認可取得を確実に遂行できる組織力を活用しながら、実用化を目指した開発を進める。またA氏は、大学のポストと並行して大企業の研究開発顧問として、実用化プロジェクトにも技術開発顧問として、月50万円のお給料で参加する。

(2)准教授A氏の妻が社長となる、A氏が100%保有する資本金100万円の個人会社を立ち上げる。発明α特許の実施権を、関心を寄せてくれたさまざまな企業に提供することで、大学と個人会社のそれぞれに年間600万円ほどのロイヤリティ収入が入り続ける。また、実用化した暁には売上の0.5%がこの会社と大学のそれぞれに入る。A氏とさまざまな企業の研究者達との活動の中で、さまざまな情報や価値観を共有できるため、A氏がさらなる発明β、発明γを思いつくことは間違いなく、個人会社のロイヤリティ収入は将来的にさらに増えるであろう。また、許認可取得のような、学者であるA氏が関わってもあまり意味がない仕事には携わらなくて済むのも、A氏にとっては魅力的である。

(3)発明αを実用化するベンチャー企業を立ち上げる。大学の副業規定の関係で、准教授A氏は取締役CTOとして参画する。幸いにも、教え子の中でも最も優秀で有名外資系コンサルに勤めるB君が「ぜひ自分も参加したい」と熱心に言うので、B君を代表取締役CEOとする。A氏は妻に怒られながらも500万円を出資、10歳年下なのに自分より高給取りの教え子B君は1000万円も出資すると言われ驚く。すぐに株価を3倍に釣り上げて最低限必要な5500万円をベンチャーキャピタルから調達し、2年後に5億円、4年後に30億円を調達し、5年後には300億円でマザーズに上場するというプランをB君が立てた。A氏の役員報酬については知らされていない。

もし、読者の皆さんが准教授A氏の親友であったら、どのビジネスプランを勧めますか?

どのビジネスプランが准教授A氏に合っているかを考えるためには、A氏が今後、大学で何を成し遂げたいのか、発明αの実用化に伴う許認可取得や人事関係の揉め事などさまざまな苦難に向き合うことが得意な人かどうか、さらに発明α以降も次々と発明をし続ける自信があるかなどの、A氏の仕事に対する動機や能力を考える必要があります。

それに加えて、A氏の実家は資産家かどうか、マンションのローンがどれくらい残っているのか、子供が何人いて公立なのか私立なのかのようなプライベートな情報まで勘案して考えないと、A氏の人生にとって、どのプランが一番良いかなど考えることさえできないということが分かるのではないでしょうか。

とはいえ、私が准教授A氏の友人なら本件の場合は(1)を薦めます。何より大事な発明αは世界を変えるポテンシャルがあるだけに、たったの数十億円調達した程度の規模のベンチャー企業で実用化しようとしても、日本で実用化までに必要な人材や機能を集めきることは不可能に近いと思いますから。

また、私の親友であるA氏は、科学者として極めて優れた才能があるだけでなく、人柄も良く器用な男です。彼であれば、数万円の資金使途報告のような雑務や、ベンチャーに来る一癖も二癖もある人材たちの人間関係の整理さえも、器用にテキパキとこなせるでしょう。それでも私は親友として、A氏の才能の最も素晴らしいところだけを社会に向かって生かす人生でいてほしいとして考えるので、A氏には(1)を推薦します。

コンテストでウケるビジネスプラン

一方で、この3つのビジネスプランを、准教授A氏が所属するX大学主催のビジネスプランコンテストに出したらどの案が選ばれるでしょうか。

A氏が所属する有名国立大学Xは、ビジネスプランコンテストの審査員長として、数々の有名ベンチャー(A氏は一社も名前を知らないが)を輩出したことがある著名なベンチャーキャピタリストC氏を毎年招聘していることでしょう。

准教授A氏より8歳若いC氏が主導するこのようなビジネスプランコンテストでは、当然のように(3)のビジネスプランが最も優れていると評価されます。優れていると評価されるだけでなく、さらにその場の即決で審査員長であるC氏が経営するベンチャーキャピタルから5500万円の出資を約束し、賞賛の声と共にFacebookで美談として拡散されるなんてことが起こります。

ここで、留意してほしいのは、准教授A氏はなけなしの500万円を出資しているのにも関わらず、この時点で准教授A氏のシェアは既に15%だと言う点です。
(即決で5500万円出すことにしたC氏のベンチャーキャピタルが55%を、残りの30%はB君が持っています)

その後、数年でB君のプラン通りに進んだとしても、順調に数十億円の調達を繰り返す中でA氏のシェアは一桁になります。もし、ちょっと事業化のスケジュールが遅れ資金調達が苦しくなると、准教授A氏のシェアはあっという間に数%になるでしょう。(“もし”ではなく、この時に立てられたスケジュールは“間違いなく”遅延しますが)

それでも「死の谷(笑)」を無事乗り越え、上場までたどり着ければ、A氏がストックオプションも含めて億円単位のキャピタルゲインを手にすることは可能です。しかし、こういった成り立ちの会社における取締役CTOが、キャピタルゲインの他に実用化後の特許料収入も得られる形になっているケースはあまり見たことがありません。

(1)のプランでも(2)のプランでも、実用化までたどり着けば億円単位の収入が准教授A氏には毎年あったはずですが、(3)のパターンではマザーズ上場に持ち分を売ったキャピタルゲインが一回しか入りません。

明記しておきたいのは、何も私は(3)のビジネスモデルが悪いと言っているのではありません。(3)のやり方も、A氏の性格や動機によっては、十分以上に「アリ」です。「アリ」どころか、なかなかこんな幸運なプランを書けることも実際には珍しいです。さらに、好奇心旺盛なA氏のことですから、ベンチャー企業をCTOとして経営した経験は、A氏の人生にとってポジティブな経験をたくさん与えることになるとは思います。

私が親友A氏に薦める(1)のプランでも、途中で大企業の経営方針が変わり、プロジェクトが中止になってしまうようなことは本当に数多く目にしますし、全てがバラ色ではありません。

また、(2)のプランも優れたプランです。発明αが、さまざまな業種のさまざまな事業体に使ってもらうほうが広がるタイプの技術の場合は、私は(2)のプランを薦めることが多いです。ただし、主体となって進める組織がいないことが理由で、上手く事業化に至らず中座してしまうリスクも大きいプランであるように感じます。

とにかく、どのビジネスプランが最も優れているかなんて、簡単には選べない、選べる訳がないということを、分かっていただきたいのです。

誰のためのビジネスプランか?

簡単に優劣なんかつけられるわけがない、そもそも優劣をつける対象ではないにも関わらず、なぜ、ビジネスプランの優劣をつけるコンテストが、大学を中心に今花盛りなのでしょうか。

そうです。このようなコンテストが存在することで、確実に得をするC氏のような立場にある人々の、営業努力の賜物だからです。

ちょっと引いた目で見たら、この例の場合も、世のベンチャー起業ブームに乗って、准教授A氏と教え子B君のようなビジネスの世界で経験が浅い人材が、ビジネスプランコンテストに参加してくれたおかげで、たった5500万円で発明αのような優れた技術シーズの55%のシェアを、起業前のいわば青田買いで握ったという構図でしかありません。

しかし、今の日本のベンチャー業界においては、青田買いをしたC氏の行動はなぜかSNSで拡散され賞賛される行動だとして拡散するだけでなく、真っ当な大企業や時には国までC氏の活動を称賛し支援するようになっているのです。この事実は架空の話ではなく、日本のベンチャー業界の実際です。

ここで、有名国立大学Xの立場も考えてみましょう。大学Xにとって、(3)のプランよりも、(1)や(2)のプランの方が金銭的なメリット(期待値)は考えるまでもなく圧倒的に大きいのにも関わらず、どの大学も(3)のプランを最優秀賞にするためのビジネスプランコンテストを開催しています。

経済的合理性と発明αの実用化の確率を第一に考えれば、大学XはA氏に対し、C氏が主導するビジネスプランコンテストへの参加を促すより前に、発明αをより良い条件で事業化に協力してくれる大企業を探す活動をするほうが、ずっと理にかなっているはずです。しかし、そういった活動を積極的に行っている日本の大学を、私は見たことがありません。これも、大学に対する、C氏のような立場の人たちの長年の営業努力の賜物で、大学が合理的に理にかなう選択肢を選ばなくなっているのかもしれません。

私が訴えるような「技術ごと、案件ごとに、ステークホルダーの幸せはどこにあるかをフラットに考えてプランを立てませんか?」という意見を言う人は時折見かけますが、日本の技術開発ベンチャー業界界隈でこういった意見が省みられることは、残念ながらあまりありません。

なぜなら、私のような自分の事業構築に掛かりきりのような人間が、過去の経験から日々の仕事の片手間で何を言おうとも、C氏の立場のような、技術を安く青田買いをすることが生業である人たちが、(3)だけが優秀なビジネスモデルであると喧伝する営業活動に割く努力には、時間的にも資金的にも、全く及ばないからです。

繰り返しますが、私は「人の生き様に優劣もないのと同様に、ビジネスプランにも優劣なんかあるわけがない」という意見です。

日々の仕事の中で、多様な立場の人のビジネスプラン構築の相談に乗る中で、「この件は、早い段階でベンチャーキャピタルの資金を調達するほうが、ステークホルダーの幸せにつながりそうだ」と感じることも、もちろん少なくありません。

しかしながら、どんな状況においても、一つひとつの案件の特徴を見ることなく、ステークホルダーの人生の幸せを顧みることもなく、「とにかく早い段階で外部の資金を調達することにつながるビジネスプランこそが、優れたビジネスプランである」という価値観でベンチャー業界が染め上ることは、一部の立場の人々の利益にしかなっていないということについて、業界全体でもう一度考え直してみませんか。と、ささやかな一石を、今回もまた日本のベンチャー業界に投じてみました。

ちなみに、(3)のみを優秀なビジネスプランとして評価しますよというビジネスプランコンテストの多くは、その評価基準を予め明記してくれていることが多いです。

たとえば「上場を見据えた戦略か」とか「シェアを早期に制圧することを考えているか」とか「将来の時価総額が1000億円を超えそうか」などの文言があったら、そのコンテストは、

「我々は、個々のステークホルダーの幸せや、技術を社会にどう生かすかということよりも、事業立ち上げの初期にできるだけ多額の資金調達をして、ベンチャーキャピタルのシェアを極限まで大きくしてくれるようなビジネスモデルを“優秀なビジネスモデル”として評価しますので、そのつもりで来てくださいね」

と言っていることと同義ですので、コンテストの審査員が見たいと思っているビジネスモデルを描いて提出すれば良いのです。つまり、簡単に言うと、売上が上がりビジネスが立ち上がる前に、できるだけ多額の資金が必要であるという理屈を作ってあげれば良いのです。

「最優秀賞」をもらえるビジネスモデルが、描けそうな気はしてきましたか?

僕は、そういうのは描きませんけどね。