去る7月11日、利根川進博士が亡くなられました。1987年に抗体の多様性創出機構の解析でノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは読者の方もよくご存じの事と思います。

確か1977年のクリスマスから翌年にかけてだと記憶していますが、筆者はバーゼル免疫研究所の利根川研究室を2度訪問しました。面識のなかった博士(以後、利根川さんと呼ばせて頂きます)から突然の手紙を頂いたのは、同年の秋だったと記憶しています。顕微鏡のコンデンサーの光軸に沿って竪穴を穿ち、ガラス管の針を垂直にセットした「核内注射装置」に関する刊行前の我々の論文の内容を手に入れ、是非共同研究を、と書かれていました(文献1)。しかし、どのようにしてこの情報を入手されたのかは今もって不明です。よほどこの技術を欲しておられたのだと推察しています。筆者は情報入手の手段も含めて、注入を依頼されたRNAやDNAについてのデザインを尋ねたりするようなことはしませんでした。内容を知れば当時の利根川さんの考えが外部に漏れる危険性があり、心に要らぬ負担を掛けたくなかったからです。実験が成功した時に論文を読めば、いずれすぐ分かる事ですから。

当時は、抗体の多様性が誘導(Induction)によるものか、それとも予め準備された抗体産生リンパ球のクローン選択(Selection)によるものか、という生物学の大論争も、後者に軍配が上がる情勢になっていました。かく言う筆者は誘導説に賛成で、完全に間違った判断をしていました。日ごろ研究室で融通性の高い発生現象を見慣れていると、どうしても誘導説に軍配を上げたくなります。選択説では、極端な場合、将来合成されるかも知れない化学薬品にも前もって抗体が準備されている事を認めることとなりますが、現実は後者の方が正しかったのです。
さて、世界のトップレベルの研究者の研究風土を知りたかったのが、共同研究を受諾した一番の理由です。製薬会社ロッシュが経営するバーゼルの免疫研究所では、研究成果は研究者に属し、基本的に会社はタッチしないシステムであると聞いていました。そうした理由で多くの優秀な研究者が世界中から集まっていました。筆者は竪穴を開けたコンデンサー(集光器)と細いガラス管で作った注射針を鞄に入れて利根川研を訪れました。

この研究所は大学とは全く関係がないので、学生を指導する義務はありません。利根川さんを中心とした数名で、実に効率のよい研究体制が組まれていましたが、特別な印象は受けませんでした。唯一特別なことと言えば、利根川さんは典型的な夜型の人で、明け方までピペットを持って一人で実験をされていたことです。利根川さんから渡されたサンプル(DNA、RNA等)を、シャーレに撒かれた培養細胞の核内に注射するのが筆者の役目でした。余談ですが、注射は支障なく成功したものの、当時は翻訳やmRNAのスプライシング機構は未だ不明な点が多く、恐らくその理由で予測された蛋白質の合成等がうまくいかなかったと思っています。

そんなある日の早朝、徹夜実験が終わったのでしょう、研究所のゲストルームに宿泊していた私を起こして、散歩に行こうと誘われました。寒気がピリッと肌に刺さるライン川の畔を歩き始めてしばらくした頃、利根川さんが話し始めました。
利根川:『古澤さん。サイエンスって何だろうね?』
筆者:『利根川さんはどう思うんですか?』
利根川:『“詰将棋”だと思う。古澤さんは?』
筆者は 間髪を入れず『そうですね、阪神競馬かな?』
利根川:『……… 。』
この会話には少し解説が必要です。
利根川さんは京都大学の化学科出身ですから、生命現象を物質として捉える基礎が出来ています。研究目的が極めて確りしていて、詰将棋のように、目的である“王様”を段階的に攻めていく、利根川さんらしい非常に分かりやすいたとえ話でした。そして、科学において一番大切なのはコンセプト(概念)である事を強調されていました。一方、筆者の方は例えば進化や性の様な、茫洋とした現象を対象とするのが好きです。模擬実験(シミュレーション)や生物実験によってその系を外部から揺さぶり、系の反応を見てその裏に流れる原理を探ろうとする方法です。その典型的な研究論文は第67回古澤満コラムで紹介しています(文献2)。競馬ではレースが終わるまで、レースそのものが成立するかどうかすら不明です。本筋とは違いますが、忘れがちなこととして馬券は購入額の70〜80%が払い戻されるルールになっています。つまり、競馬場に入った途端、100円玉は70〜80円の価値に減っているのです。この様に、不確定要素が多い筆者の研究手段を競馬に喩えたのです。初めはこの答えに大変戸惑われた様子の利根川さんでしたが、30分間ほどの散歩の終わりごろには理解して頂けたようでした。どちらの方法を取っても、コンセプトが大切だと言う点だけは二人で確認し合いました。

若しも利根川さんが“詰将棋的”に進化にアプローチをしたら、どのような結果が期待出来たのでしょう? 想像ですが、筆者とは全く違ったゴールに到着されたと思います。アプローチの仕方によって、自然は違った姿を見せてくれます。これがサイエンスの魅力の一つです。筆者は利根川さんに拙著『不均衡進化論』筑摩選書(2010年)をお贈りしたのですが、惜しくも、ご返事を頂く前に他界されました。ライン川の散歩の続きを是非話したかったのですが、今となっては叶いません。非常に残念に思っています。

この文章を書いている間に思い出した事があります。利根川さんには似合わないと言う理由で、裾がラッパ型の新品のブルージーンズを頂きました。履いてみたらサイズも筆者にピッタリでした。良き想い出として、今でも実家のロッカールームの引き出しの中に当時のまま大切に仕舞ってあります。

筆者の独り言。『クリスマスの夜、利根川さん宅で日本人の来客を囲んで麻雀をしていた時、ラジオがチャップリンの死を告げていた。どうしてこんな事を今想い出すのだろう? でも、そのおかげで研究室訪問の正確な日時を再確認できた。』

2026年9月3日
古澤 満

文献:

  1. Yamamoto, F. and Furusawa, M. A simple microinjection technique not employing a micromanipulator. Exp. Cell Res. 117(2), 441-445 (1978)
  2. Furusawa, M., Sex differentiation of the larval newt composed of heterosexual halves. J. Biol. Osaka City University. 12, 1-8 (1961)

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