
ホンネとタテマエの狭間で生きている大人には、今日の話は少々刺激が強すぎるかもしれない。素直な言葉で自分たちの考えをぶつけてくれたのは、ちとせのChief Innovation Officer 笠原との出会いをきっかけに発足された、東京理科大学の学生団体「Cobito」のメンバーたち。2025年大阪・関西万博の日本館で、美しい藻のカーテンや藻から生まれたアパレル、PET樹脂を目の当たりにして、彼らは「地味なバイオ」というイメージを塗り替えたという。
工業化学に没頭する彼らの目に、バイオが描く未来はどう映ったのか。日本館展示の感想を入り口に、理系学生ならではの視点で、「バイオベンチャー」のリアルな手触りを紐解いていく。
学会での直談判から、学生団体ができるまで
切江:今日はよろしくお願いします。僕自身も理科大出身ですし、他のちとせメンバーにも理科大出身者は多いんですよ。まずは工業化学科の皆さんがなぜバイオ分野に興味を持ち、学生団体まで作ることになったのか、聞かせてください。
木原さん:去年の春休み、たまたま応募した学会のアルバイトがきっかけでした。そこで僕は登壇者の名前が書かれたボードを持ち誘導係をしていたのですが、偶然、ちとせのCIO、笠原さんの講演を聴く機会があって。
切江:ボード係をしながらも、ちゃっかり話を聴いていたんだね(笑)
木原さん: はい(笑)お話がすごく面白くて、講演後に笠原さんに会いに行きました。「ちとせの研究室を見学させてほしい」と伝えたら「それなら、まずは自分たちで仲間を集めて、バイオについて主体的に考える場を作ってみたら?」とお話いただいたんです。
すぐに学生団体を立ち上げ中田や増井を誘って、今はデザイン系や他大学も含めて15名ほどのインカレ団体になりました。
切江:すごい行動力ですね!

万博 Before & After
切江:そんな経緯で生まれたCobitoですが、活動の一環として、藻類の事前学習セミナー開催や日本館の見学をされているんですよね。日本館を見た感想や、展示を見る前、皆さんの「藻」に対する印象ってどうでしたか?
中田さん:日本館で配布されていた「藻類味噌汁」が印象に残っています。昔、子供新聞のコラムで「将来、藻を使った食べ物ができるかも」と読んだことがあって驚いたのを覚えていたのですが、当時はどこで売っているのかも分からないし、まだ遠い話だと思っていました。
切江:それが万博会場では実際にお味噌汁として配られていた。
中田さん:はい。普通の製品と藻の製品が並んだときに「藻の方を選んでみよう」と思うきっかけって、世の中的にはまだ少ないと思うんです。でも、ああやって実際に配られたことで、食べるきっかけになったし、一気に身近に感じられた。すごく良い配布物だったなと思います。
木原さん:本当に正直に言うと、自分は藻には汚いものという印象を持っていました。だからこそ藻のカーテンを見たとき「藻ってこんな綺麗にみせられるんか!」という驚きがありました。
切江:あの展示は生きている藻を美しく見せるために相当こだわっているんです。デザイナーの求める絶妙な緑色を再現するために藻の濃度を微調整したり、水が動いている躍動感を出すために、CO2の泡の見え方まで作り込んでいます。会期中はちとせの研究員が夜通し藻の世話をして、半年間あの状態を維持し続けるのは、まさに血と涙の結晶でしたね。
個人のロマン vs 全体の最適解
切江:日本館での体験を経て、バイオに支えられる未来を身近に感じてもらえたように感じます。ここからは少し踏み込んで、皆さんがどんな未来を思い描いているか聞かせてもらえますか?
中田さん:今、電気自動車へシフトする流れがありますよね。でも自分はエンジンで走る車が好きなんです。あのエンジンの音があるからこそ得られる楽しさや高揚感ってあるじゃないですか。
電気自動車になるとエンジンがなくなるわけで、そうなると、自分の好きなものを一つ奪われるようで寂しいんです。推奨される理由は分かりますが、僕のような車好きの「好き」という気持ちが奪われない形で、循環型社会が実現したらいいなと感じます。
藻から燃料が作れるようになって、たとえ燃焼してCO2を出したとしても、それをまた藻が吸収する。そんな「カーボンニュートラル」な循環ができたらいいなと。

切江:環境課題の本質に触れる話ですね。人間にとっての快適性や経済的な合理性を維持しながら、自然と共存するというあり方が出来ればいいなと思います。その両立こそが本当の意味での持続可能性なのかもしれません。
増井さん:僕は中田さんとは反対に、効率一辺倒な人間です。少しでも効率が良くなるなら「人の気持ち」を横に置いてでも、正解と思える方に振り切りたくなってしまうんです。
自分の好きなことを優先したがために、他の人に不利益が出るのはちょっときついと感じます。仮にエンジン音がなかったとしても本当に電気自動車がよいのなら、僕はそちらに全振りしたほうがいいんじゃないかと。
切江:中田さんと増井さん、同じ課題でもアプローチが全く対照的ですね。それぞれが総理大臣になったら全く違う国が出来上がりそうです(笑)
増井さん:ただ、ほとんどの場合そこまで割り切れないのが「人のサガ」だとも思います。自分の隣の人が困っていれば助けるけど、遠いところで起きている痛みは実感が湧きづらいものです。自分が楽しくガソリン車を走らせた影響が仮に遠い国の人々の不利益に繋がっていたとしても、それを実感するのは難しい。だからこそ、万博のような展示で五感や感性に訴えかけ、問題を「自分に近い距離」に寄せることが重要なんじゃないかと感じました。
「美しさ」によって認知が上がり、結果として効率的な選択肢を選ぶきっかけになるかもしれない。日本館の展示を見て、そんな啓蒙のあり方もひとつなのかなと思いました。
実際、僕もさっきからずっとこの藻類素材を眺めちゃっていますし(笑)

バイオ企業のイメージは「次の石油王」?
切江:皆さんが抱いている「バイオ企業」のイメージについても聞いてみたいです。ちとせと関わる前はどんな印象でしたか?
木原さん:ちとせと関わるまでは、バイオってサトウキビを燃やして燃料にするような、既存のものを置き換えるだけの地味なイメージでした。でも今は違います。藻からこれだけのエネルギーが取れて化石資源に代わるなら、それを生み出せるバイオ企業は「次の石油王」なんじゃないかなって(笑)
増井さん: オブラートなしで言うと、バイオやリサイクルってはっきり言って怪しいイメージがありました(笑)「バイオ」といったら「バイオハザード」、実験に失敗してヤバい生物が漏れ出す・・・みたいなイメージを抱いている人も正直多い気がします。でも、伝統技術と接続したり、素材としての「美」を打ち出したりすることで、その拒否感は信頼に変えられるのではないでしょうか。
「バイオ × ○○」の可能性
切江: 面白いですね。最後に、30年後、40年後、皆さん自身の専門性をどう社会とつなげていきたいか、思い描いていることを聞かせてください。
増井さん:僕は生物ベースの材料に関心があります。今のロボットは、ほとんどが無機物ですが、そこに例えばコラーゲンのような生体分子を組み込んだらどうなるのかと考えることがあります。単なる柔らかさだけでなく、生体と親和性の高い素材をロボットの部品や医療材料に活かせないか。目の治療やコンタクトレンズでは一部既に開発されているようですが、生物ベースで身体になじむ材料が使えたら面白いですよね。
中田さん:僕は、原料や材料をつくるところに携われたらいいなと思っています。例えばパソコンを作るにしても、原料を作る人、材料を形にしていく人、組み立てる人、たくさんの役割があると思います。なかでも自分はものづくりの一番最初の部分に携わってみたいと感じます。広く知られなくても世界のどこかで、自分が関わった材料が使われている。そう感じながら生きていけたらいいなと。SAFだって、何も知らない人から見たらただの液体です。でも素晴らしい技術が詰まっています。今日の話を聞いて、バイオにはその点でも期待ができるなと感じました。
木原さん:僕は最近ハマっている料理の話で。最近は食費がかかるので、人工食品がもっと普及したらいいのになと感じています。例えば培養肉ですが、普及するまでにコストなど色々な壁があると思います。心的ハードルの点でいえば、「肉の代替」として捉えるから違和感から抵抗が生まれるのかもしれない。はじめから人工物は人工物らしいものとしてデザインして、それが当たり前に食卓に並ぶ社会にデザインできないかと思っています。朝食や昼食ぐらいは、もしかしたらサプリでもいいかもしれませんね。合理的に摂取できる人工食品が自然に選ばれる。そんな未来もあり得るのではないでしょうか。ディス飯(ディストピア飯)みたいですが(笑)
切江:衣、食、素材。皆さんの好奇心や専門性がバイオと掛け合わさることで、面白い未来が見えてきそうです。今日はありがとうございました。

バイオベンチャーは、遠い世界の話なのか
理科大現役生とそのOB。研究室の雑談の延長のようなざっくばらんな会話の中にも、物事の本質や未来のヒントが鉱石のように思いがけず輝く瞬間があったのではないか。
「車が好き」「美味しいものを合理的に食べたい」「遠くの誰かを傷つけたくない」
彼らから溢れたのはこうした素朴な声だった。「バイオベンチャー」という単語は、学生たちには当初、どこか鋭利で不穏なカタカナに聞こえていたかもしれない。しかし実は「鋭利で不穏なカタカナ」も、はじまりはこうした人間らしい想いの集積だったのではないだろうか。今回の対話を通じて、バイオベンチャーの「原初のなにか」に触れたような気がした。
それは特別な研究者だけが持つものではない。好きなものがあって、気になる社会の違和感があって、それを少しだけ良くできないかと考える人。
この記事を読んだ皆さんが、いつかそれぞれの想いを持って、「石油王の卵の卵」としてちとせやCobitoの門を叩いてくれる日を楽しみに待っています!
