本稿は、株式会社技術情報協会発行の書籍『バイオリアクターにおける大量培養と後工程の最適化』に寄稿した原稿を、許可を得て転載したものです。
野澤 伊織 / Senior BioEngineer
はじめに
近年,地球温暖化などの環境問題への対策として,二酸化炭素(以下,CO2)を主とした温室効果ガスの排出削減が世界的に取り組まれている。CO2排出削減に向けた取り組みは,CO2排出量を減らす取組み,排出されたCO2が大気中に拡散するのを防ぐ取組み,排出されたCO2を還元し資源化する取組みの3種類に分類される。中でも化石資源の利用を基盤とした社会構造において,CO2排出をゼロにすることが難しい現状,排出されたCO2を還元・資源化する取組みに大きな期待が寄せられている。そうした取組みの内代表的なものとして,再生可能エネルギーや光合成を利用し,大気中に放出されるCO2を還元することで,燃料やプラスチック,塗料といった有価物を生産する取組みなどが挙げられる。
生物の光合成を利用したCO2利用には,大きく分けて農業生産と微細藻類(以下,藻類)生産という2つの方法があり,従来の農業生産と比較して,藻類生産はより高いCO2排出削減効果が期待される。国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization:以下,FAO)の2022年の報告によると,米国における大豆およびトウモロコシの1 haあたりの年間生産量は,それぞれ3.3および10.8 ton(wet basis)と報告されている¹⁾。一方,イタリアのフェレンツェ大学において,1,500 m2のフラットパネル型フォトバイオリアクター(以下,FP-PBR)を用いた藻類生産実証研究では,1 haあたり年間36-54 ton(dry basis)の藻類生産に相当する生産性が確認されている²⁾。植物と藻類の間で光合成効率に大きな差はない³⁾。そのため,生産性の差は光合成の違いによるものではなく,それぞれの生産方法における収穫物の収穫係数に起因する。収穫係数とは,植物全体(根は除く)の乾燥重量に対して,経済的に有用な収穫部分(穀粒,果実,塊茎など)の乾燥重量が占める割合として定義される。報告されている収穫係数は,小麦,サトウキビ,イネにおいてそれぞれ0.40,0.27,0.50であり,多くの作物では0.30-0.50の範囲にある⁴˒⁵⁾。一方,藻類の場合は生成されたバイオマス全体を収穫できるため,収穫係数は1.0となる。藻類生産は,光エネルギーを単位面積あたりで効率的にバイオマスへ変換できるため,生産性が高く,農業生産と比較してCO2排出削減に寄与する有価物生産手法といえる。藻類を利用した有価物生産を拡大するためには,藻類生産の大規模化が必要である。
藻類生産の大規模化には,屋外における長期安定生産を実現する技術開発が不可欠である。藻類生産はCO2を原料とする有価物生産に適した手法である一方,その生産規模は依然として小さい。FAOの報告によれば,2019年における世界の藻類生産量は約56,000 ton(wet basis)に留まるのに対し⁶⁾,同年の世界のトウモロコシ生産量は約11億 ton(wet basis)に達しており⁷⁾,両者の間には大きな差がある。
この課題を解決するため,株式会社ちとせ研究所は大規模藻類生産の実証試験を進めている。本プロジェクトは,2020年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(New Energy and Industrial Technology Development Organization:以下,NEDO)に採択を受けて開始された。生産施設(4.56 ha)は,マレーシア・サラワク州クチン市近郊(北緯約1°)に建設され,熱帯屋外環境下における藻類バイオマスの生産実証が行われている。本試験により,長期安定的な藻類生産技術群が確立され,2,000 ha以上の商業生産が可能となると考えられる。今後は,こうした大規模化を実現するための要素として,CO2供給体制の確立が重要な検討課題となる。
藻類生産にはCO2供給が不可欠であり,商業規模での生産にあたっては,安定した供給源の確保が重要である。たとえば,1 haあたりの年間藻類バイオマス生産量を70 ton(dry basis),炭素含有率を50 wt%(dry basis)とし⁹⁾,藻類バイオマス中の炭素全量が光合成により還元されたCO2に由来すると仮定する。また,CO2還元効率を50%とすると,2,000 ha規模の藻類生産施設を1年間運転するために必要なCO2量は約5.1×10⁵ tonと試算される。
このように,商業規模の藻類生産においては多量のCO2を安定的に供給する必要がある。そのため,それぞれの地域における主要なCO2排出源の種類や供給可能量を把握し,適切な供給体制を構築することが不可欠である。本節では,マレーシア・サラワク州における藻類生産拡大を想定し,CO2供給源として有望な排出源を例示する。
サラワク州における主なCO2排出源としては,石炭火力発電所,セメント工場,金属精錬工場などが挙げられる。セメント工場や金属精錬工場から排出されるCO2の多くは,熱源として使用される石炭の燃焼に由来する。このため,石炭火力発電所はそうした石炭燃焼に伴うCO2排出の代表例といえる。一方,現時点では存在しないものの,サラワク州政府が導入を検討している施設の中には,将来的にCO2排出源となり得るごみ焼却施設やバイオマス発電所が含まれる。本節では,これらのうち石炭火力発電所,ごみ焼却施設,およびバイオマス発電所の3種類を対象に,その概要を述べる。
1. 石炭火力発電所について
サラワク州にはSejingkat(120 MW),Mukah(243 MW),Balingian(624 MW)の3つの主要な石炭火力発電所がある¹⁰˒¹¹⁾。Sarawak Energy Berhad(以下,SEB)の2023年報告によると,同年の石炭火力発電による総発電量は3,952 GWhであった¹²⁾。一方,これら3つの発電所を定格出力で年間連続運転した場合の理論発電量は8,646 GWhと算出されるため,平均稼働率は約45.7%となる。独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(Japan Organization for Metals and Energy Security:以下,JOGMEC)の報告によれば,石炭火力発電所では1 kWhの発電に301.6 g(wet basis)の石炭を消費する¹³⁾。燃焼排ガス中のCO2およびCO濃度はそれぞれ10-18,0.01 vol%であるため,炭素は全量CO2へと変換されたとみなせる¹⁴˒¹⁵⁾。一般炭の炭素含有率を約70 wt%(wet basis)とすると,1 kWhあたりのCO2排出量は774.1 gと算出される¹⁶⁾。この値と平均稼働率45.7%を用いて試算すると,各発電所からの年間CO2排出量はそれぞれ3.7×10⁵,7.5×10⁵,1.9×10⁶ tonとなる。したがって,MukahおよびBalingian発電所の年間CO2排出量は,2,000 ha規模の藻類生産施設が必要とする年間CO2量(約5.1×10⁵ ton)を上回ることが明らかとなった。
石炭火力発電所の煙道ガスにはSOx(主にSO2),NOx(主にNO2),煤塵などの不純物が含まれ,藻類生産に悪影響を及ぼす可能性がある。SO2は水中で硫酸に,NO2は硝酸や亜硝酸に変化し,培養液を酸性化させるおそれがある。実際,煙道ガス中にSOxが30 mg L⁻¹,NOxが60 mg L⁻¹含まれる条件では,培養液のpHが約4まで低下し,クロレラ(Chlorella vulgaris)の増殖停止や細胞死が生じることが報告されている¹⁷⁾。また,煤塵にはカドミウム,ニッケル,鉛,クロム,ヒ素,セレンなどの重金属が含まれ,これらも藻類に対して毒性を示す¹⁸⁾。たとえば,カドミウムはクロロフィル生合成に関与する酵素(プロトクロロフィリド還元酵素やδ-アミノレブリン酸脱水酵素)を阻害し,クロロフィルa合成を低下させることが知られている¹⁹˒²⁰⁾。さらに,カドミウムは細胞内の活性酸素種を増加させ,細胞膜や細胞小器官に損傷を与えることも報告されている²¹⁾。実際に,イカダモ(Scenedesmus obliquus)を用いた試験では,0.5 mg L⁻¹以上のカドミウム曝露により,色素量の減少や増殖の停止が確認されている²²⁾。したがって,石炭火力発電所の煙道ガスを藻類生産におけるCO2源として利用するためには,SOx,NOx,重金属などの不純物を除去する設備が不可欠である。
SOxを除去するには,専用の脱硫設備を導入する必要がある。脱硫方式にはいくつかの種類があるが,世界的に最も広く採用されているのは「湿式石灰石-石膏法」である(表1)²³⁻²⁷⁾。この方法では,ボイラーから出た煙道ガスが集塵・冷却されたのち,吸収塔に導入される。吸収塔内では,石灰石スラリー(炭酸カルシウムの懸濁液)が上部から噴霧され,ガス中のSOxが吸収される。吸収されたSOxは炭酸カルシウムと反応して亜硫酸カルシウムを生成し,さらに塔下部から空気を吹き込むことで酸化され,硫酸カルシウム二水和物(以下,石膏)へと変換される。生成された石膏は沈降槽または濾過機で固液分離され,この時点で脱硫プロセスが完了する。湿式石灰石-石膏法は,SOx除去率が97.5-99.7%と非常に高く,他の方式と比べて優れている。また,副産物として得られる石膏は建材などに有効利用できる。
表1 代表的な脱硫方法のまとめ
| 脱硫方法 | 原理 | SOx除去効率 |
| 湿式石灰石-石膏法 | 石灰石スラリーを吸収塔に噴霧し,SOxと反応させて石膏を生成,除去。 | 97.5-99.7% |
| 湿式マグネシア法 | 水酸化マグネシウムスラリーを吸収塔で噴霧し,SOxと反応させて亜硫酸マグネシウムを生成。 | 98% |
| セミドライ法 | 消石灰スラリーを噴霧し,SOxと反応させて硫酸塩を生成。 | 80-90% |
| 乾式吸着法 | 吸着剤(消石灰,炭酸水素ナトリウム,石灰石などの粉体)を直接ガス流に噴霧,注入。 | 76-94% |
| 海水洗浄法 | 海水のアルカリ性を利用してSOxを吸収,中和。 | 85-98% |
NOxを除去するには,専用の脱硝設備を設置する必要がある。燃焼後の煙道ガスからNOxを直接除去する方法としては,主に「選択触媒還元法(Selective Catalytic Reduction:以下,SCR)」と「選択非触媒還元法(Selective Non-Catalytic Reduction:以下,SNCR)」の2方式がある(表2)。SCR法では,アンモニアまたは尿素が還元剤として注入され,五酸化バナジウム(以下,V2O5)-酸化チタン(以下,TiO2)系あるいはゼオライト系触媒上で反応が進行し,NOxが窒素と水に還元される。NOx除去効率は80-95%である²⁸˒²⁹⁾。一方,SNCR法では,触媒を用いずに,アンモニアまたは尿素を高温(850-1,100℃)の煙道ガス中に直接噴霧し,NOxを還元する。この方式の除去効率は30-70%であり,SCR法に比べて低い³⁰˒³¹⁾。
表2 代表的な脱硝方法のまとめ
| 脱硝方法 | 原理 | 触媒 | 運転温度 | NOx除去効率 |
| 選択触媒還元法 | NH3または尿素を還元剤として注入し,触媒上でNOxをN2とH2Oに変換。 | 1.五酸化バンジウム-酸化チタン 2.ゼオライト | 300-400℃ | 80-95% |
| 選択非触媒還元法 | 触媒を使わずに,NH3または尿素を高温の排ガスに直接噴霧してNOxを還元。 | – | 870-1,100℃ | 30-70% |
煙道ガスから煤塵を除去する方法の中で,最も一般的なのが電気集塵機(Electrostatic Precipitator:以下,ESP)である。この装置では,煙道ガスが放電極と集塵極の間を通過する際,放電極に負の高電圧が印加される。これにより周囲のガス分子が部分的に電離し,コロナ放電が生じる。発生した電子やイオンは煤塵粒子に衝突して帯電させ,マイナスに帯電した粒子はプラスに帯電した集塵極に引き寄せられて付着する。これがESPの基本原理である。集塵極に煤塵が付着したままでは性能が低下するため,ラッピングハンマーと呼ばれる振動装置により定期的に集塵極が叩かれ,煤塵層が剥離される。剥離した煤塵は下部のホッパーに落下して回収され,セメント原料や埋め立て材として再利用される³²⁾。ESPの除塵効率は80-99%と報告されている。このほか,湿式スクラバー,バッグフィルター,サイクロン集塵機などの方式も利用されており,その概要を表3に示す³³⁻³⁵⁾。
表3 代表的な集塵方法のまとめ
| 集塵方法 | 原理 | 煤塵除去効率(wt%,wet basis) |
| 電気集塵機 | 高電圧で粉塵を帯電させ,電場で集塵板に引き寄せて捕集。 | 80-99 |
| 湿式スクラバー | 煙道ガスに水滴を噴霧し,衝突・吸着で粉塵を液滴に取り込み除去。 | 55-60 |
| バッグフィルター | 繊維製のフィルターを通過させ,粉塵をろ布表面に捕集。 | 99 |
| サイクロン集塵機 | 旋回流で遠心力を発生させ,粉塵を外壁に衝突させて分離。 | 35-80 |
サラワク州において石炭火力発電所を藻類生産のCO2源として利用する場合,政府方針による運転期限が課題となる。マレーシア連邦政府は,新規の石炭火力発電所を建設しない方針を示すとともに,既存施設を2044年までに全廃する計画を発表している³⁶⁾。また,州内唯一の電力会社であるSEBは,Sejingkat石炭火力発電所を2026年から段階的に停止する方針を示している³⁷⁾。このため,石炭火力発電所は当面のCO2供給源としては有効であるものの,長期的な利用は困難と考えられる。一方,石炭火力発電所が廃止された後も,サラワク州内にはセメント工場や金属精錬工場など,石炭を燃料とする施設が存在するため,これらは石炭火力発電所と類似するCO2供給源として活用できる可能性がある。
2. ごみ焼却施設について
サラワク州では現在,ごみ処理の大部分が埋め立てによって行われている。クチン市南部のKuching Integrated Waste Management Parkをはじめ,各地域に埋立地が設けられているが,容量の逼迫により長期的な運用には限界が生じつつある。さらに,高温多湿な気候の影響で,浸出水や悪臭の発生,メタンガス排出といった環境問題も顕在化している。こうした状況を踏まえ,サラワク州政府は2024年,州北部および南部にそれぞれ1基ずつのごみ焼却施設を導入する計画を発表した³⁸⁾。このため,将来的には,ごみ焼却施設から発生するCO2を藻類生産に利用することも現実的な選択肢の1つと考えられる。
サラワク州の主要都市であるKuching,Sibu,Miriは,それぞれ州の南部,中部,北部に位置している。各都市における1人あたりのごみ日排出量はそれぞれ0.88,0.83,0.82 kg(wet basis)であり³⁹⁾,各都市の人口(609,205,248,877,248,064人)に基づく年間排出量は,2.0×10⁵,7.5×10⁴,7.4×10⁴ ton(wet basis)と算出される。一般的に,可燃ごみの含水率は46.8 wt%(wet basis),炭素含有率は約50 wt%(dry basis)である⁴⁰⁾。これらの条件を用いて推定すると,各都市で発生したごみを焼却処理させた場合の年間CO2排出量はそれぞれ1.9×10⁵,7.4×10⁴,7.2×10⁴ tonと算出される(排ガス中のCO2およびCO濃度はそれぞれ約6-15,0.001 vol%であるため,炭素は全量CO2へと変換されたと仮定)⁴¹⁾。この結果から,各都市近郊でそれぞれ約745,290,282 ha規模の藻類生産施設を運用できる可能性が示唆された。
ごみ焼却施設の排ガスには,石炭火力発電所と同様にSOxおよびNOxが含まれる。石炭火力発電所におけるSOxおよびNOx濃度はそれぞれ0.03-0.30,0.015-0.020 vol%であるのに対し⁴²⁻⁴⁴⁾,ごみ焼却施設では0.03,0.04 vol%と報告されている⁴⁵⁾。このため,脱硝設備については石炭火力発電所と同等以上の性能が求められる一方,脱硫設備についてはより小規模な仕様で対応可能である可能性が示唆される。
また,石炭火力発電所の煙道ガスにはダイオキシン類も含まれる。ダイオキシン類とは,ポリ塩化ジベンゾ-p-ダイオキシンやポリ塩化ビフェニルなど,200種類以上の化合物の総称である。これらは化学的安定性と耐熱性を有し,環境中で分解されにくい上,生物の脂肪組織に蓄積しやすい特徴を持つ⁴⁶⁾。筆者の調査範囲内では,ダイオキシン類が藻類培養に与える影響を直接評価した報告は確認されていない。しかし,化学構造上,水への溶解性が極めて低いため,藻類培養への影響は限定的であると考えられる。たとえば,代表的な化合物である2,3,7,8-TCDDの水溶解度は12.5-19.3 ng L⁻¹と非常に低い⁴⁷⁾。ダイオキシン類はごみ焼却過程において250-450℃で主に生成されるが,600℃以上では熱分解が進行し,生成しにくくなることが知られている⁴⁸˒⁴⁹⁾。また,国際的な法規制により高温焼却が義務付けられており,排ガス中にダイオキシン類が含まれる可能性は低減している⁵⁰⁾。したがって,ごみ焼却施設の排ガスを藻類生産に利用する際には,小規模な実証試験によって影響を確認する必要があるものの,現時点ではダイオキシン類が大きな問題となる可能性は低いと考えられる。
3. バイオマス発電所について
サラワク州では,現時点で大規模なバイオマス発電は行われていないが,本節では,州内に新たにバイオマス発電所が建設された場合を想定して検討を行った。SEBは過去に,Mukah地域で定格出力10 MWのバイオマス発電所を建設した事例がある。この発電所では,パームオイルミル由来の副産物であるパームヤシ空果房(Empty Fruit Bunch:以下,EFB),パームヤシ殻(Palm Kernel Shell:以下,PKS),およびパーム中果皮繊維(Palm Mesocarp Fiber:以下,PMF)が燃料として使用された⁵¹⁾。サラワク州における総発電量は2023年時点で33,011 GWhであり¹¹⁾,仮に当該発電所を定格出力で年間運転した場合でも,年間発電量は87.6 GWhにとどまり,州全体の1%未満に過ぎない。このことから,同発電所は試験的導入であったと考えられる。一方,サラワク州政府は2030年までに1.0-1.5 GWのバイオマスエネルギー利用を目標としており⁵²⁾,今後は大型発電所の建設が進む可能性が高い。したがって,将来的には,バイオマス発電所から発生するCO2を藻類生産に利用することも現実的な選択肢の1つと考えられる。
商業規模の藻類生産施設(2,000 ha)にCO2を供給するために必要なバイオマス発電所の定格出力は,燃料の低位発熱量(Lower Heating Value:以下,LHV)および発電効率に基づいて算出できる。マレーシアでは,パーム残渣が最も多く生産されるバイオマス資源である。このうち,PKSは日本や韓国などへ輸出されており,PMFはパームオイルミル内での自家発電や熱供給に利用されている。そのため,州内でこれらの残渣を安定的に確保することは容易ではない。そこで,本項では,比較的利用可能性の高いEFBを燃料とする場合を想定して検討を行う。
一般に,EFBの含水率は約50 wt%(wet basis)であり,EFB 1 kg(wet basis)あたりのLHVは約10 MJと報告されている⁵³⁾。また,パームオイルミルのボイラー効率(投入エネルギーのうち有効に蒸気として利用される割合)は約70%,蒸気タービン効率(蒸気がタービンを駆動して電力へ変換される効率)は約20%とされており,両者を乗じた総合的な発電効率は約14%と推定される⁵⁴⁾。このとき,1 kWh(3.6 MJ)の発電に必要な熱量は25.7 MJである。EFB 1 kg(wet basis)のLHVは約10 MJであることから,1 kWhの発電に必要なEFB量は約2.6 kg(wet basis)となる。EFB中の炭素含有率は約45 wt%(dry basis)であり⁵⁵⁾,1 kWhのバイオマス発電に伴って排出されるCO2量は約4.3 kgと見積もられる(排ガス中に含まれるCO2およびCO濃度はそれぞれ約4-7,0.01 vol%なので⁵⁶⁾,炭素は全量CO2へと変換されたと仮定)。バイオマス発電所の稼働率を50%と仮定すると(藻類がCO2を固定するのは明期のみなので,1日の稼働時間を12 hrとする),2,000 ha規模の藻類生産施設に必要なCO2量を供給するためには,定格出力約110 MWの発電所が必要となる。
EFBは,パーム油の搾油後に残る果房の繊維部分であり,パーム残渣の中で最も多く発生する副産物である。一般に,1 ton(wet basis)の果房(Fresh Fruit Bunch:以下,FFB)を処理すると約0.2 ton(wet basis)のEFBが生じる。2023年におけるサラワク州の年間FFB生産量は2.3×10⁷ ton(wet basis)であり,これに基づく年間のEFB発生量は約4.6×10⁶ ton(wet basis)と推定される⁵⁷⁾。定格出力110 MW,稼働率50%の条件下で,1 kWhの発電に必要なEFB量を約2.6 kg(wet basis)とした場合,年間運転に必要なEFBの総量は約3.3×10⁶ ton(wet basis)となる。したがって商業規模の藻類生産施設(2,000 ha)に必要なCO2を供給するには,州内で発生するEFBの約72%を燃料として利用する必要があることが分かる。EFBは含水率が高く輸送効率が低いため,そのまま大量に輸送・利用することは現実的ではない。しかし,乾燥やペレット化などの前処理を施すことで,燃料としての利用効率を高め,安定的なCO2供給源として活用できる可能性がある。
バイオマス発電所の煙道ガスには,石炭火力発電所と同様にSOxおよびNOxが含有される。石炭火力発電所の煙道ガス中におけるSOxおよびNOx濃度はそれぞれ0.03-0.30,0.015-0.020 vol%であるのに対し,バイオマス発電所におけるそれらの濃度は0.005,0.01 vol%と報告されている⁵⁸⁾。したがって,脱硝設備については石炭火力発電所で使用されているものと同等の性能を有する装置が求められる。一方で,バイオマス発電所の煙道ガス中のSOx濃度は石炭火力発電所の約1/10と低いため,脱硫設備についてはより小規模な仕様で対応できる可能性が示唆される。
おわりに
近年,地球規模でのCO2排出削減が喫緊の課題となる中,大気中に放出されるCO2を炭素源として有価物を生産する取組みが注目されている。CO2を直接還元する有機物の生産方法として,光合成を利用する農業生産および藻類生産が挙げられるが,生産性の観点からは藻類生産の方が優れている。一方で,現状における藻類生産の規模は農業生産と比較して著しく小さく,商業規化に向けてはCO2供給の確保が主要な課題の1つとなっている。
本節では,マレーシア・サラワク州を対象に,代表的CO2排出源として石炭火力発電所,ごみ焼却施設,バイオマス発電所の3種類を取り上げ,それぞれの特徴を整理した。サラワク州には主要な石炭火力発電所が3ヶ所あり,このうち2ヶ所では,年間排出量が2,000 ha規模の藻類生産施設に必要なCO2量を賄うことが可能であることが明らかとなった。しかし,石炭火力発電はCO2排出量が最も多い発電方式の1つであり,今後の政府方針によって運転が段階的に制限・廃止される見通しである。このため,短期的にはCO2供給源として有効であっても,中長期的な利用は困難となる可能性が高い。
一方,ごみ焼却施設については,州内主要都市のごみ排出量に基づく試算の結果,いずれの都市においても商業規模(2,000 ha)の藻類生産施設に必要なCO2量を単独で賄うことはできないことが示された。さらに,EFBを燃料とするバイオマス発電所の場合も,必要なCO2を供給するためには州内EFB発生量の約72%を利用する必要があり,現実的には困難であると考えられる。
以上の結果から,商業規模の藻類生産施設に必要なCO2を安定的に供給するには,複数の排出源を組み合わせた統合的な供給体制の構築が不可欠であることが示唆された。石炭火力発電所,ごみ焼却施設,バイオマス発電所などの各CO2排出源を,藻類生産施設の立地条件や運転計画に応じて効率的に統合することが求められる。その実現には,CO2供給体制の最適化,供給インフラの整備,バイオマス燃料などの安定調達網の構築といった取組みを総合的に進める必要がある。これらの課題に対応すべく,株式会社ちとせ研究所では「藻類大規模生産MATSURIプロジェクト」を推進し,藻類産業の商業化・大規模化を目指した研究開発を進めている。今後,藻類生産技術やCO2利用に関心を有する研究者や関係機関が本プロジェクトに参画し,連携して藻類産業の発展に寄与することが期待される。

