
本稿は、日本工業出版株式会社の書籍 月刊『プラスティクス』誌 11月号に寄稿した原稿を、許可を得て転載したものです。
堀口和真 / Researcher
1.はじめに:プラスチックの新たな大地へ
皆さんは、月や火星に足を踏み入れたことがあるだろうか?突然、「樹脂を扱う本誌で何を」と思うかもしれないが、ちとせグループは今まさに、プラスチック産業の歴史において、それに匹敵する大きな一歩を踏み出そうとしている。
本稿ではその挑戦の核心である、世界初・藻類由来原料を用いた100%バイオPET(ポリエチレンテレフタレート)樹脂(以下、藻類由来PET樹脂)開発への取り組みを紹介したい。なお、本稿の藻類は、顕微鏡観察サイズの微細藻類を指す。
筆者は学生時代よりバイオの可能性に魅了され、その真価を世に伝えたいという想いを原動力としている。本稿が読者にとって、バイオが拓く未来を共に学ぶ一助となれば幸いである。
2.バイオの最前線をリードする企業:ちとせグループ
当社グループは、生き物の力を最大限に活用し、持続可能な産業を構築することで、あらゆる産業のバイオエコノミー化を推進するプロフェッショナルである。藻類、細胞、微生物といった「小さな生き物」を基点に、農業、医薬品、そして本稿の主題である化学品まで、多岐にわたる領域でバイオエコノミーへの変革を推進している。
その活動は着実に注目を集めており、象徴的なのが2025年大阪・関西万博である。「いのちみなぎる藻のカーテン」をはじめとした、日本館展示の1/3を占める藻類展示の技術監修を当社が担い、世界初の藻類由来PETボトルプリフォームも披露している。これは当社が主導する「MATSURI」イニシアチブ(第1図)の成果の一つだ。

3.なぜ今、藻類なのか
なぜ当社は藻類に未来を見出すのか。その答えは、他のバイオマスを寄せ付けない圧倒的な優位性にある。
第一に、その桁違いの生産性である。その収量は既存の農業生産される陸上植物に比べ、単位面積当たり数倍から数十倍に達する。仮に世界のトウモロコシ生産と藻類生産を同規模で行った場合、地球規模の食糧・環境問題に貢献しうるポテンシャルを持つ(第2図)。加えて、根や茎など利用困難な部位がなく、バイオマス全体を資源化できる高い資源効率も誇る。
第二に、驚異的な成長速度である。種によっては約9.5時間で倍増する報告もあり(1)、年間を通じた連続生産が可能だ。さらに生産に土壌を必要とせず、藻類生産の為の設備さえ構築できれば砂漠や海洋のような非農耕地で生産でき、食料問題と競合しない。
そして何より、これらの生産活動は、光合成を通じてCO₂を強力に固定する、地球環境の再生プロセスそのものである。

4.「環境に良い」の落とし穴と、ちとせの誠実さ
環境配慮は強力なマーケティングワードだが、その裏では環境性能を過剰に謳うグリーンウォッシュが後を絶たない。
たとえば電気自動車は走行時にCO₂を排出しなくとも、その電力が化石燃料由来であれば、製造から廃棄までの全体で見た際CO₂排出の所在が移動したに過ぎない。重要なのは、一部分の利点だけでなく、全体像を科学的に捉えることだ。でなければ、化石燃料依存という本質的な課題を見失いかねない。
この風潮に警鐘を鳴らすのが、当社の「正直MATSURI」という取り組みであり、常に科学的根拠に基づいた透明性の高い情報提供を重視している。
この取り組みの姿勢は、藻類の生産方法の選択にも貫かれている。藻類生産には、光合成のみで育つ独立栄養方式と、糖を栄養源とする従属栄養方式がある。
従属栄養方式は、糖という潤沢な栄養源を用いることで生育速度が速く、効率的に見える場合がある。しかし、先のグリーンウォッシュの例と同様の落とし穴が存在する。
藻類生産に用いる面積だけを切り取って「単位面積あたりの生産性が高い」と評価することは、従属栄養方式の栄養源である糖を生産するために必要となる広大な農地の存在を無視した、一面的な見方に過ぎない。また、トウモロコシやサトウキビ等の食料にもなりうる作物を使用している点も課題である。それは、食料競合のリスクをはらみ、肥沃な土地と資源を大量に消費する点で、真のサステナビリティには繋がらないのである。そして従属栄養方式で生産した場合、単位面積当たりの脂質生産量は1/100までに減少してしまう(第3図)。

当社が掲げるのは、光合成の力を最大限に引き出す独立栄養方式による屋外大量生産である。
当社の真価はここにある。一般的に独立栄養方式は藻類の生育速度が遅いとされる。さらに屋外ではコンタミネーションが発生し、大量生産の際には、ラボ実験では想定し得ない事態が起こることもある。
しかし、当社が培ってきた独自の育種・培養技術が生育速度の遅さを覆し、過酷な屋外環境下で高いバイオマス収量を実現している。
5.ちとせの目標:地球のエネルギー収支を変える「光合成の最大化」
当社が藻類に未来を見出した理由、それは「光合成の最大化」という壮大な目標を成し遂げるための最適解だからである。
地球上のエネルギーは、地熱や化石燃料など地球内部のものと、外部から降り注ぐ太陽光エネルギーに大別される。前者のうち化石燃料すら、その起源は太古の生物が光合成によって蓄えた太陽光エネルギーが、死骸となり地中に固定され、数億年の年月の中、熱と圧力の作用で変換されたもの、というのが最も有力な仮説である。つまり、人類のエネルギー問題の根幹は、この太陽光をいかに効率的に利用するかにかかっている。
米国エネルギー情報局(EIA)の推計によれば、2024年の世界エネルギー需要は約0.65ZJ(Z=10²¹)であった(2)。これは地球表面に到達する太陽光エネルギーの、わずか約0.025%相当のエネルギー量に過ぎない(第4図)。
一方、光合成が理論上捕捉可能なエネルギーは、太陽光エネルギーの5〜13%にも上るとされ、人類のエネルギー需要をはるかに凌駕する、まさに桁違いのポテンシャルである。この莫大な未利用エネルギーを、驚異的な生産効率を誇る藻類を通じて最大限に“収穫”すること。それこそが、当社の描く未来像である。
6. MATSURI:未来の礎を築く、前例なき産業創出への挑戦
その未来像を実現する取り組みこそが、当社の主導する「MATSURI」イニシアチブである。2025年現在、100を超える業界の垣根を超えた多様な企業・機関と共に、バイオエコノミー全体の構築を目指す巨大なコンソーシアムだ(第1図)。
MATSURIの藻類領域におけるその核心は、生産と社会実装を同時に、かつ圧倒的な規模で実現するという、これまでにないアプローチにある。
まず生産においては、前例のない規模の体制を構築する。2023年、NEDO((国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託業務の成果として、世界最大級となる5haの生産設備を稼働させた(写真1)。しかし、ちとせの見る未来ははるか先にある。5haの生産設備も壮大な構想の第一歩に過ぎない。2027年に100ha、2030年に2,000haという計画すら通過点に過ぎず、2050年には1,000万haを、ひいては世界のトウモロコシ生産面積に匹敵する2億ha規模を見据えており、このレベルの生産に至れば地球規模の課題も解決する(第2図)。「夢物語だ」と嗤う者もいるかもしれない。だが、当社はすでに稼働している巨大な生産設備という現実で応える。この現実を20倍、400倍へと拡大していく。それが当社の計画である。
また社会実装においては、「藻ツリー」というコンセプトで、多角的な出口を創出する(第5図)。単一の製品や用途のみに依存する戦略はきわめて脆弱である。そこで、当社は藻類が持つタンパク質、脂質、色素といった多様な成分を活かし、プラスチックはもとより、燃料、化学品、食品に至るまで、価値も価格帯も異なる複数の市場を同時に開拓していく。
7.前人未到の領域へ:「PET-MATSURI」
MATSURIの中でも常識を覆す挑戦、それが「PET-MATSURI」である。その目的は藻類を原料として、PET樹脂をはじめ、これまでバイオ化が困難とされてきた各種の芳香族化合物を生産・社会実装することにある。
第4図 太陽光エネルギーと地球の一次エネルギー消費
その鍵を握るのは、“ボツリオコッカス”という藻類が産生する“ボツリオコッセン”と呼ばれる炭化水素である(写真2)。
この物質を接触分解することで、PET樹脂の原料となるパラキシレンを含む芳香族化合物を得られることは古くから知られていたが、この藻類自体の生育速度の遅さと培養の難しさから産業利用には至らなかった。しかし、当社が誇る培養技術と大規模生産技術によって、その実用化への道が拓かれたのである。またベンゼン・トルエン・キシレンに代表される芳香族化合物は、細胞への毒性が高い。よって合成生物学の手法で微生物に生産させたとしても増殖が非常に遅く、生産性の向上が見込めない。ところがこのボツリオコッカスと当社の技術は、この「バイオ由来芳香族化合物は難しい」という常識を打ち破る。
バイオプラスチックには、生分解性のものやバイオマスから作られたものが存在し、本藻類由来PET樹脂は後者に当たる。しかし、単なるバイオマスプラスチックではない。
バイオPE(ポリエチレン)や既存のバイオPETなどのバイオマスプラスチックの多くは、トウモロコシやサトウキビ等の食料資源から作られている。一方、当社の藻類由来PET樹脂の原料であるボツリオコッカスは、非可食の藻類であり尚且つ生産に農耕地が不必要で食料生産と競合しない。加えて、生物合成が困難とされてきた芳香族化合物の原料を創出できる。まさに、この藻類だからこそ実現可能なバイオマスプラスチックなのである。
写真1 マレーシアの世界最大級の藻類生産設備(NEDO採択事業としてちとせ研究所が運用)
第5図
a.「藻ツリー」を一緒に育てるさまざまな産業の人々(左)、b. 藻類を使った製品一例(右)、
①藻類を使用した衣類、②藻類クレヨン、③藻類のチーズケーキ、④藻類の複合樹脂
8.世界初、藻類由来PET樹脂の誕生:その誕生秘話
万博での展示に向け、世界初の藻類由来PET樹脂を用いたPETボトルのプリフォームの試作に挑んだ(写真3)。その道のりはまさに前人未到の挑戦であった。
ボツリオコッセンを接触分解し、PET樹脂の原料となるパラキシレンを生成し、テレフタル酸を合成する。次に、重合を経てPET樹脂とし、プリフォームへと加工する。文章にすれば僅か数行だが、そこには数々の壁が立ちはだかった。
特に、貴重なサンプルゆえ材料ロスが許されないという制約があった。そこで、本試作のために金型をゼロから設計・製造することで、遂に世界初となる藻類由来PET樹脂を使用したPETボトルプリフォームの成形に成功した。もちろん、これで完成品ではないが、この試作により今後の改良へと繋がる課題が見つかった。
その一つが、樹脂の着色である。原因として、藻類由来パラキシレンからテレフタル酸を合成する反応過程で生成する微量の中間体が不純物として残存した可能性や、PET樹脂重合条件がまだ最適化されていないことなどが考えられる。重要なのは、これが原料である藻類自体の特性に由来するものではなく、化学反応条件の最適化によって解決可能な技術的課題であるという点だ。
写真2 ボツリオコッカス由来のパラキシレン
(①ボツリオコッカス、②ボツリオコッセン化学構造、③ボツリオコッセンを加工して作ったパラキシレン)
写真3 藻類由来PET樹脂とそれを使用したプリフォーム
今、当社はPET樹脂の開発からPETボトルの成形まで、石油化学がかつて歩んだ歴史を猛スピードで駆け抜けている。立ちはだかる一つ一つの壁こそが、未来のプラスチックへの新たな一ページとなる。この挑戦の面白さが、読者の皆様にも伝われば幸いである。
9.藻ツリーが拓く、バイオプラスチックの新たな地平
当社の挑戦は、PET樹脂だけに留まらない。「藻ツリー」というコンセプト(第5図)が示す通り、その幹から伸びる枝葉は、あらゆる産業へと繋がっている。
藻類由来の炭化水素においても、接触分解の手法を最適化することで、PET樹脂の原料となる芳香族(パラキシレン)だけでなく、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)の原料となるオレフィン類も同時に生み出すことができる。これは、現在市場に存在するほぼ全ての汎用プラスチックを、藻類という単一の再生可能資源から理論上生産可能であることを意味する。さらに、ポリブチレンテレフタレート(PBT)のような高機能樹脂への展開も視野に入っており、その用途は、自動車部品や半導体、化粧品まで無限の広がりを見せるだろう。
10.おわりに
当社の藻類は、単なる新素材ではない。それは、化石資源への依存から脱却し、持続可能な社会を構築する「バイオエコノミー」の要そのものである。
夢物語に聞こえるかもしれない。しかし、当社は本気である。現に、世界最大級の生産施設は稼働し、プラスチックや燃料、化粧品といった形で、「藻類」は着実に社会実装され始めている。
冒頭で、こう問いかけた。「皆さんは、月や火星に足を踏み入れたことがあるだろうか?」と。
人類が月面に立った時、青く美しい地球の輪郭を初めて見たように、当社もまた、この挑戦を通じて「化石資源に依存しない社会」の輪郭を確かに捉え始めている。その景色を、本稿を通じて少しでも共有できたのであれば幸いである。
<参考文献>
(1) Khatun, M., et al. (2022):PRODUCTION OF MICROALGAL BIOMASS AT DIFFERENT GROWTH PHASES TO USE AS BIOFUEL FEEDSTOCK. Journal of the Asiatic Society of Bangladesh, Science, 48(1), 77-86
(2) 国際エネルギー機関(IEA):Global Energy Review 2025, IEA.(2025)
