私はJリーグが好きだ。

Jリーグの強豪チームの一つと言える川崎フロンターレが、今年ついに優勝した。フロンターレの事務所が、ちとせグループの日本のメイン拠点から近く、フロント入りした元選手達を時々見かけること、そして、フロンターレのアクティブで小気味良いサッカースタイルが比較的好みなこともあり、フロンターレの動向はいつも気にかけていた。

フロンターレがJ2からJ1に昇格し、J1でも優勝争いに加わるような強豪チームになってから10年以上は経つ。しかし、これまで8回もの準優勝を重ねても、一度も「優勝」をしたことがなかった。今年もルヴァンカップで準優勝を一つ増やし、今年もまた優勝できないのではないかと囁かれ始めた中、最終節の大逆転でついにリーグ優勝を成し遂げた川崎フロンターレ。優勝の瞬間、チームを長く支えてきた中心選手である中村憲剛選手は泣き崩れ、ピッチに突っ伏して動けなくなった。ひとしきり泣いた後、エースである小林悠選手と抱き合って喜びを分かち合う姿はなんど見ても泣ける。

そんな彼らの姿を見ていると「俺も優勝して皆と喜びを分かち合いたい」と心の底から思う。とはいえ、今からどんなに頑張ってもサッカー選手にはなれないし、そもそも私は今の仕事の延長線上で、今の仲間たちと「優勝」を分かち合いたい。

我々の日々の活動の中でも、大型の提案が受け入れられたり研究開発が思いの外上手くいったりなど、チームの皆と喜びを分かち合えるような機会は多い。 チームのみんなが笑顔に包まれるような光景を見る機会が年に数回あることが、ベンチャー企業の経営のような大変な仕事を私が続けてこれた最大の動機であることは間違いない。とはいえ、どんなに嬉しいといってもいい大人が突っ伏したまま動けなくなったり、泣きながら抱き合うようほどの喜びを、仕事をしている時に感じたことはまだない。 日々の活動の中で感じる私の喜びは、中村憲剛選手にとっては毎回の試合の勝利のようなものなのではないかと思う。

私や私のチームメイトが日々の仕事に投入している情熱や覚悟は、川崎フロンターレの選手の皆さんに勝るとも劣らないと思う。また、ちとせグループの業界内での評判も雌伏の時間の長さも「良いサッカーはしているけど、勝負弱いよね」と言われていたフロンターレに似ている気がする。 我々にもこの先に喜びを爆発させるタイミングが訪れるのだろうか?

ベンチャー業界に身を置く人が大型の増資や上場をFacebookで発表し、おめでとうのコメントがたくさん並んでいる様子を今まで幾度となく見てきた。 ベンチャー業界に身を置く人で、大型の増資や上場こそがベンチャー経営者にとっての優勝だと捉える人は多い。しかし、増資や上場はあくまで手段の一つであってそれ自体が目的ではないと考える私にとって、増資や上場を「優勝」と捉えるのは難しい。

ベンチャー企業における大型の増資や上場は、Jリーグのチームにおける「ポドルスキーやフォルランを獲得した。」みたいなものではないだろうか。大物外国人選手がチームに加わることで、勝利する確率が高まるかはどうかはその後の努力次第であり、大物外国人選手を獲得したところで、優勝が決まったわけでも勝利が決まったわけでもない。実際、結果的にはポドルスキーの獲得もフォルランの獲得もチームに対するネガティブな影響の方が目立っている。これらは、それぞれのチームの運営において、手段と目的を取り違えてしまったことがその原因になっている可能性があるのではないかと私は予想する。

会社を高値で売却してハッピーリタイアするなんて気はサラサラない私にとって、ベンチャー企業を経営することは、たぶん生きている限り続く。しかし、それは一生サッカーに関わって行くつもりであろう中村憲剛選手にとっても同じことだ。

我々の事業を作っていく中でも、いい大人がみんなで泣きながら抱き合って喜ぶような「優勝」の瞬間をどうしても味わってみたい。そのためにも、我々にとっての「優勝」とはなんなのかを今後も考え続ける先に、何かとてつもなく大事なことが待っているように思えてならないのだ。