ちとせグループの中でひときわ個性的な雰囲気を醸し出す株式会社日本バイオデータ(以下NBD)のメンバー。議論が活発な彼らの声はオフィスでよく響き渡っているが、出て来る単語は意味の分からぬ横文字ばかりで内容は全く頭に入ってこない。

一言で言うとNBDは「バイオインフォマティクス」の会社である。「バイオインフォマティクス」で何ができるのかについて深く考えたことのなかった私にとって、これまでNBDは謎の組織であった。ちとせのメンバーでさえもNBDとはなんぞや、を詳しく語れる人はごく少数なのではないかと思う。

そこで、この記事ではバイオインフォマティクスが取り巻く現状とともにNBDを掘り下げてみることとする。

注)本記事では “ウェット (wet)” と “ドライ (dry)” という表現が出てきますが、 主に理論やコンピュータ解析を “ドライ” な研究、 生物実験を “ウェット” な研究と表現しています。

日本バイオデータはこうして誕生した

東京農工大学にて“ウェット”な研究者として活動してきた緒方。博士後期課程に進み研究を続ける中、次世代シーケンサー(以下NGS※)で得られた大量のデータを解析する必要が出てきた。
※次世代シーケンサー(NGS):遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置のこと

そこで、バイオインフォマティクスを生業としている人たちに話を聞いて回ったが、バイオビッグデータを解析できる人材が日本にはいないことを痛感する。

その後独学で統計学・プログラミング・情報科学の知識を得て、2012年より学生ベンチャーとして解析サービスの提供を開始。更に、日本で初めてNGSを用いたバイオビッグデータ解析を行った研究で博士号を取得。

2013年「株式会社日本バイオデータ」を設立し、同年ちとせグループの傘下に入った。

生物のことが分かるバイオインフォマティシャン

NBDのメンバーは皆、“ウェット”な研究を行う中で情報解析が必要になり独学で身につけてきたという経歴を持つ。自ら実験し、バイオビッグデータ解析を行った研究において論文発表や特許出願をした経験があるため、データ解析を必要とする研究の全体像を把握することができるメンバーで構成されている、というのが他のバイオインフォマティクスを名乗る会社との大きな違いかもしれない。

バイオインフォマティクスとは、ただ「データ」だけを見ればいいというものではない。そのデータ、つまり文字の羅列の向こう側にある、生物が放つメッセージを可視化・客観化することである。それはつまり「生物」そのものを見るということだ。

「生物学」だけでも「情報科学」だけでも成り立たない、この2つの学問分野が融合した真の「バイオインフォマティクス」を習得し、本当の意味で使いこなせる人材は、NBDのメンバーのように自らが“ウェット”な研究を行う中で情報解析の必要性を感じ独学で身につけるという状況でしか育ち得ないのが現状なのかもしれない。

事実、バイオインフォマティクスを体系的に身につけた人材が未だ市場に少ないという状況は、緒方含むNBDメンバーが学生だった5年ほど前とほとんど変わらないようだ。

データ解析を“ドライ”な研究者に任せてしまうことは解釈の視点を放棄してしまうことになると危機感を持った緒方は、もっと多くの“ウェット”な研究者がNGSデータ解析を行うようになる未来を期待し、無料の電子書籍「お家でできるMac Bookでやる次世代シーケンスデータ解析」を2011年に公開している。
http://nbiodata.com/contents/ouchi/

昨年は、㈱情報機構主催のハンズオンで習得するバイオインフォマティクス入門セミナーを行ったが、実戦形式で学べるため参加者の方々からは非常に好評だったそうだ。

彼らが今、少しでもこのセミナーで学んだことを活かせていることを願う

 

バイオビッグデータ解析を取り巻く悲しい現実

言うまでもなく研究には「目的」が存在し、その「目的」を達成するためにどのような「手段」を講じるかを考える。バイオビッグデータ解析もあくまで「目的」を達成するための「手段」であるのだが、何を知りたくてデータ解析をするのか、つまり「目的」を考えずして行われている例をよく見る。

そこには、2010年頃から日本でNGSが急速に普及し始めたことにより、バイオビッグデータ解析の研究費支援が増えたことが関与している。お金を出してもらえるし、バイオビッグデータ解析ってなんだか凄そうだからとにかくやってみよう、という具合にバイオビッグデータ解析が「手段」ではなく「目的」になってしまったのだ。

次世代シーケンサー

しかし、その解析を行うことでいったい何を知りたいのか?という目的を考えずしてデータ解析をしても、何も有益な情報は得られない。目的により、そもそもデータのとり方から考えねばならないのが「バイオインフォマティクス」である。ピースが完全でなければパズルが完成することはない。そのパズルの絵が何を意味するかを読み解くには、生物学の知識が必要である。NBDとしては極めて当たり前なこの考え方は、どうやらまだ世の当たり前にはなり得ていないようだ。

バイオビッグデータを扱える人材は、どの生物系の研究室にも圧倒的に足りていない。それゆえ多くの研究者はビッグデータ解析の研究予算を使い、解析ごと丸々外注してしまう。そして外注先から納品される生物学的解釈がなされていない結果だけが目の前に立ちはだかり、途方に暮れてしまうのである。このような状況を、2002年にノーベル医学・生理学賞を受賞したイギリス人生物学者のシドニー・ブレナー博士は「low-input, high-throughput, no-output biology」と揶揄している。

シドニー・ブレナー氏(1965年, 右から二人目)

Photo by EMLederberg GStent SBrenner JLederberg 1965 wiki/CC by 3.0

NBDは何ができるのか

「生物学者の視点で、データの意味を探り当てる」
これがNBDの考える「バイオインフォマティクス」である。

解析技術によって、生物の直接的な観察からだけでは感じることのできない複雑な現象の記述を可能にし、感覚を延長させてデータのメッセージを捉えるのだ。そのためには「データ」だけを提供いただくのは不十分である。データ解析を含めた研究の全体像を理解しないと、そもそもそのデータが完全なピースであるかも判断できないし、パズルを解くことも、そこから見えた絵を解釈することもできない。

他の大手のバイオインフォマティクスの会社は、通常定型外の解析は断るそうだ。しかし、そもそもNBDには定型なんてものは存在しない。相手によって、その目的によって毎回完全オーダーメイド。表現方法がなければ自分たちでつくりあげる。ゆえに、他社に断られた案件が舞い込んでくることはとても多い。

生物からのメッセージを感じ取る

今回の執筆にあたりNBDメンバーにたくさん話を聞かせてもらった。小難しい話も多く、頭の中がハテナで埋め尽くされることもあった。しかし彼らと話していて1つシンプルなことに気づいた。彼らには“とにかく生き物のことが知りたい”という極めて純粋で絶対的な動機が存在するのだ。それこそがNBDの強さなのかもしれないと思った。

「データを解析すること」に興味があるのか、それとも「生物そのものを知ること」に興味があるのか、この2つの違いは大きい。

バイオインフォマティクスとは、生き物のことをより深く知るための1つの手段である。データを通して生物が語りかけてくるその声に耳を傾けることができなければ、バイオインフォマティクスは成り立たないとNBDは考える。

非常に抽象的な表現ではあるが、彼らは「生物からのメッセージを感じ取る」ことができるメンバーの集まりなのだ。

おまけ:回る緒方(社長)


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●2017年の日本バイオデータの活動
<論文>
◯2017/2/緒方法親 ※1st and Corresponding Author
【媒体】 In Vitro Cellular & Developmental Biology – Animal
【タイトル】Relevant principal factors affecting the reproducibility of
insect primary culture
【著者】Norichika Ogata and Kikuo Iwabuchi
【URL】https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11626-017-0140-7

◯2017/7/緒方法親 ※Corresponding Author
【媒体】Lecture Notes in Computer Science, vol 10362. Springer, Cham
【タイトル】Calculating Kolmogorov Complexity from the Transcriptome Data
【著者】Panpaki Seekaki and Norichika Ogata
【URL】https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-319-63312-1_46

◯2017/10/鈴木彦有
【媒体】Nature Communications
【タイトル】A long-range cis-regulatory element for class I odorant receptor genes
【著者】Tetsuo Iwata, Yoshihito Niimura, Chizuru Kobayashi, Daichi
Shirakawa, Hikoyu Suzuki, Takayuki Enomoto, Kazushige Touhara,
Yoshihiro Yoshihara & Junji Hirota
【URL】https://www.nature.com/articles/s41467-017-00870-4

◯2017/11/緒方法親 ※Corresponding Author
【媒体】PLoS One
【タイトル】Physiological effects of a novel artificially synthesized
antimalarial cyclic peptide: Mahafacyclin B
【著者】Yuko Fujita, Panpaki Seekaki, Norichika Ogata and Kazuhiro Chiba
【URL】http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0188415

<学会発表>
◯3/29/緒方法親
【学会】第 61 回日本応用動物昆虫学会
【場所】東京農工大学小金井キャンパス
【発表形態】口頭発表
【タイトル】カブトムシ血球の1細胞トランスクリプトーム解析

◯8/7-10/緒方法親 ※Best Paper Award受賞
【学会】2017 International Conference on Intelligent Computing
【場所】Liverpool,UK
【発表形態】口頭発表
【タイトル】Calculating Kolmogorov Complexity from the Transcriptome Data
【関連URL】http://ic-ic.tongji.edu.cn/2017/index.htm

◯9/20-22/緒方法親
【学会】第49回化学工学会
【場所】名古屋
【発表形態】招待講演
【タイトル】統計上の有意差と工学上意味のある因子
【関連URL】http://www3.scej.org/meeting/49f/

◯9/27-29/緒方法親
【学会】第6回生命医薬情報学連合大会(IIBMP 2017)
【場所】札幌
【発表形態】招待講演
【タイトル】NGSデータから当たりを引き出す
【関連URL】http://iibmp.info/2017/index.php?id=24

◯10/9-11/緒方法親
【学会】World Congress on Pharmacology & Chemistry of Natural Compounds
【場所】Tbilisi, Georgia
【発表形態】口頭発表
【タイトル】Tissue culture condition setting for drug-resistant genetic studies
【関連URL】http://pharmacologycongress.org/

<セミナー>
◯2/23(木)
【セミナー・講演会】先端技術情報部会(会長 五十嵐泰夫 東大名誉教授)
【主催】バイオインダストリー協会
【題目】「生物学者の視点で、バイオビッグデータの意味を探り当てる」
【講師】緒方法親
【関連URL】https://ssl.alpha-prm.jp/jba.or.jp/pc/activitie/tip_biotechnology/guidance/002409.html

◯4/17(月)
【セミナー・講演会】情報機構セミナー
【主催】情報機構
【題目】産業バイオのためのバイオインフォマティクス
【講師】緒方法親

◯10/20(金)
【セミナー・講演会】情報機構セミナー
【主催】㈱情報機構
【題目】<ハンズオンで習得する> バイオインフォマティクス入門セミナー
【講師】緒方法親(椎名、鈴木、松田、小西)
【関連URL】http://www.johokiko.co.jp/seminar_chemical/AC171014.php

<執筆>
◯2017/11月
【雑誌】生物工学会誌 – 95巻8号
【タイトル】カブトムシのイデア
【著者】緒方 法親
【URL】https://www.sbj.or.jp/sbj/sbj_vol95_no08.html

 

撮影:出口 悠